公益財団法人和歌山市文化スポーツ振興財団 埋蔵文化財センター

公益財団法人和歌山市文化スポーツ振興財団 埋蔵文化財センター 「未来は今を生きるための希望、過去は未来を生きるための道しるべ」

29/08/2026

埋蔵文化財センターの仕事《遺跡の発掘調査シリーズ㊲》

8月の終わりとなりました。
まだまだ暑い日が続きますがもう少しの辛抱です。

埋蔵文化財センターが行う遺跡の発掘調査は、主としてその遺跡が開発に伴う地下深くまでの改変により失われる場合に限って、記録保存を目的として行われます。
そのため、時には宅地造成範囲のうち、隣地境界の擁壁設置部分のみが調査区となる場合があります。

調査をしていると、「なんでこの部分だけ発掘しているんですか?」とか、調査区の範囲を遺跡の範囲と思われた方によく出会います。
私たち埋蔵文化財行政に関わる調査技師は、文化財保護の理念のほか、どのような法令に基づいて自らの仕事が成り立っているかを常に意識しておくことが大切ですね。

動画は擁壁部分の発掘調査で遺構検出作業を終えたところの様子です。白い線で囲まれた範囲が遺構です。
大きな丸い白枠は井戸です。そのほか中世の柱穴や溝、古墳時代の竪穴建物の一部だけが見えている状況です。

調査範囲が狭小な場合は、遺構形成の基盤となる地層の情報や遺構の種別と重複関係など、調査担当者にとって正確な状況判断をするための情報が得られません。
調査の難易度が上がると言えます。

埋蔵文化財センターの仕事《発掘調査情報の公開シリーズ㉟》残暑お見舞い申し上げます。お盆休みも夏休みも終わり、非日常から日常へ大人も子供も切り替えの季節です。埋蔵文化財センターでは、和歌山市と協力して和歌山市役所1階の市民ギャラリーで発掘調査...
24/08/2026

埋蔵文化財センターの仕事《発掘調査情報の公開シリーズ㉟》

残暑お見舞い申し上げます。
お盆休みも夏休みも終わり、非日常から日常へ大人も子供も切り替えの季節です。

埋蔵文化財センターでは、和歌山市と協力して和歌山市役所1階の市民ギャラリーで発掘調査速報展を開催しております。
今年度は、和歌山平野南部の低地に営まれた集落である井辺遺跡と津秦遺跡の調査で分かってきたことを展示します。

井辺遺跡ではこれまでに行われた100次におよぶ調査結果から、弥生時代後期から古墳時代初頭のムラの様子をイメージしたイラストを作成しました。
このイラストは、岩橋丘陵から福飯ヶ峯の北西に広がる遺跡の西側上空から撮影した空中写真に、発掘調査で明らかとなった自然地形や遺構の分布を描き込んだものです。
土地の高低や自然の河川、微高地上の寝食の場である竪穴建物、埋葬場所である墓地、微低地の灌漑用水路や水田など当時のムラの姿が蘇っています。

そのほか、中世日前宮領である河南条里地割のなかに位置する津秦遺跡では、古墳時代前期から奈良時代の灌漑用水路が見つかりました。この用水路は、古代末から中世に河南条里を潤す幹線水路として整備された「宮井用水」の前段階のものと考えられます。

これらの調査成果については、令和8年12月17日~令和9年1月13日に和歌山市役所1階の市民ギャラリーにて、『和歌山平野南部に広がる集落遺跡』として発掘調査の様子を撮影した写真パネルや出土した遺物を展示します。
お近くにお越しになられた場合には是非お立ち寄りください。

和歌山の文化財情報シリーズ51もうすぐお盆休みですね。通勤時、子供たちの夏休みとも重なり、和歌山市内の道路渋滞も緩和された状態です。夏休みも折り返し地点ですね。さて、埋蔵文化財センターでは昨年に引き続き、先月25日(土)に和歌山城ホールで小...
10/08/2026

和歌山の文化財情報シリーズ51

もうすぐお盆休みですね。
通勤時、子供たちの夏休みとも重なり、和歌山市内の道路渋滞も緩和された状態です。
夏休みも折り返し地点ですね。

さて、埋蔵文化財センターでは昨年に引き続き、先月25日(土)に和歌山城ホールで小学生を対象に「遺跡発掘学芸員のお仕事体験」を開催しました。
今回は、瓦の拓本、実際に出土した土器(須恵器)の接合、考古学者パズルで楽しんでいただきました。
また合せて「豊臣時代の和歌山考古学散歩」の展示解説も開催しました。

発掘調査で見つかった遺物は、洗浄や接合などの整理作業を行ったあと、色々な情報を記録して大切に保管されます。
そのうち拓本は、写真では分かりにくい細かな凹凸や文様までしっかり記録できる調査手法です。
拓本体験では、 和歌山城周辺の調査で出土した家紋瓦の文様に、画仙紙を水で湿らせ貼り付けて、乾いたあとに墨をつけて文様を写し取る工程を体験していただきました。

参加者の皆さんは、それぞれのペースで丁寧に墨をつけながら、白い紙に模様がくっきり浮かび上がるっていく様子を楽しんでいました。
この拓本体験を通して、文化財の正確な記録を残すという学芸員の仕事を体験していただきました。

また、画仙紙が乾くまでの待ち時間には、当センター職員が手作りした考古学パズルも用意しました。そして今回は、新たに遺跡の発掘調査で実際に出土した土器(須恵器)の接合も体験していただきました。
参加者の皆さんは、土器の破片と破片の断面がぴったりと合わさる時の感覚に驚いていました。接合に夢中になり過ぎて画仙紙が乾ききってしまいそうになっていました。
また子供たちは、この土器がどんな形になるのかと興味を持ってくれていました。

遺跡発掘学芸員の仕事とは?を皆さんに知っていただく機会をこれからもたくさん作っていきますので、機会がありましたら是非ご参加くださいね。

和歌山の文化財情報シリーズ㊿初夏が過ぎ早くも八月ですね。夏休み本番ですが、子供たちも海やプールに行くには日差しがきつ過ぎるような、、、。昨日、和歌山県田辺市栗栖川では気温が40°を超え酷暑日となりました。そこで、皆さんに歴史にふれながら夏休...
03/08/2026

和歌山の文化財情報シリーズ㊿

初夏が過ぎ早くも八月ですね。
夏休み本番ですが、子供たちも海やプールに行くには日差しがきつ過ぎるような、、、。
昨日、和歌山県田辺市栗栖川では気温が40°を超え酷暑日となりました。

そこで、皆さんに歴史にふれながら夏休みを楽しんでもらうイベントはないものか?
豊臣兄弟に席巻されている資料館・博物館ではありますが、そのなかで紀伊国分寺の史跡公園内にあります紀の川市歴史民俗資料館では、第3回紀伊国分寺「鬼瓦」グランプリが開催されます。

オンリーワンの鬼瓦をつくるもよし、ナンバーワンを目指すのもよし、自分だけの守り神を粘土で作る子供から大人まで楽しめるイベントです。
夏休みの思い出に是非ご参加ください!

和歌山の文化財情報シリーズ㊾昨日発生した令和8年熊本地震で被災されました皆様の一刻も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。さて、今回は和歌山城天守閣、和歌山市立博物館、わかやま歴史観の3施設がこの夏に開催する企画展・パネル展をご紹介します。ひ...
29/07/2026

和歌山の文化財情報シリーズ㊾

昨日発生した令和8年熊本地震で被災されました皆様の一刻も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

さて、今回は和歌山城天守閣、和歌山市立博物館、わかやま歴史観の3施設がこの夏に開催する企画展・パネル展をご紹介します。
ひと目見て、NHK大河ドラマ!との関連を連想させてしまうテーマですが、それぞれが持ち味を活かした内容で史実を深めていくのも良いですね。
そういう埋蔵文化財センターも、秀吉の太田城水攻めについて発掘調査から分かってきたことを紹介する写真パネル展を開催しました。

もうそろそろ、大河ドラマでも紀州攻めが放送される頃でしょうか?
毎週末のチェックが欠かせなくなってきましたね。

和歌山の文化財情報シリーズ㊽梅雨明けから連日の猛暑。今年も暑い夏がやってきましたね。屋外作業となる発掘調査事業を管理運営する当財団では、昨年6月から義務付けられた熱中症への対策を職員や作業員へ周知し、職員には熱中症予防指導員・管理者研修を受...
22/07/2026

和歌山の文化財情報シリーズ㊽

梅雨明けから連日の猛暑。今年も暑い夏がやってきましたね。
屋外作業となる発掘調査事業を管理運営する当財団では、昨年6月から義務付けられた熱中症への対策を職員や作業員へ周知し、職員には熱中症予防指導員・管理者研修を受講させ対応しています。それでも万全ではなく、体調不良となる作業員さんがいらっしゃいます。
この時期は、現場作業を回避する手段も必要となってくるかもしれません。

さて話は変わりますが、皆さんNKH大河ドラマ「豊臣兄弟!」は御覧になっていますか?
実は和歌山は、秀吉さんと秀長さんと大変所縁深い地域です。

紀伊は、傑出した戦国大名が誕生しなかった地域といわれます。
その要因を地勢及び地縁的な相互補完の枠組みという視点で考えてみると、紀中以南は、①海を介した交易路・交通路が発達し成立していること、②また主要な河川流域に小規模な平野が発達する狭小な地域であり、土地を基本としていた地域支配の枠組みでは重要視されなかったことが一因として考えられます。

一方、紀北は、中央構造線沿って東西に延びる紀の川や古代から続く南海道が、交易路・交通路としてあまりにも利便性が良く、寺社や土豪の利権が複雑に絡み合う地域であったことがその一因と考えられます。
こんな地域は、相当な権威と物量を投入しないことには分断できず、またひとつにまとまりにくいイメージですよね。

このような紀伊を圧倒的な権威をもとに、人とモノで平定したのが秀吉です。
戦国時代の末期、天正13年(1585)、秀吉は紀州平定を目的に約10万の軍勢をもって紀伊に侵攻し、根来寺、粉河寺を焼き討ちし、雑賀惣国の拠点であった紀の川河口の太田城を水攻めで落とします。それと同時に紀中や紀南を攻め、紀州平定を成し遂げます。そして、紀の川河口の岡山(虎伏山)に和歌山城の縄張りをして秀長に築城を命じます。

当財団では、令和8年度和歌山城天守閣関連自主事業として「豊臣時代の和歌山城」を開催し、関連イベントとして和歌山城ホール多目的室において「豊臣時代の和歌山考古学散歩」を7月17日(金)より30日(木)まで開催しています。
暑い最中ではありますが、涼しい和歌山城ホールから和歌山城を眺め、豊臣秀吉・秀長に思いを馳せてみませんか?

03/07/2026

埋蔵文化財センターの仕事≪遺物の整理作業シリーズ㉖≫

蒸し暑い日となっています。
炎天下に屋外作業に従事する皆様、熱中症には十分注意してください。

埋蔵文化財センターでは、発掘調査で出土した土器や石器、木器など出土遺物の整理作業を行った後、調査の記録として発掘調査報告書を刊行しています。

動画は、出土遺物の水洗い作業の様子です。
発掘調査で地中から出土した土器や石器は、当然ですが土にまみれています。
ですから、遺物整理作業では最初に土器の洗浄作業を行います。

洗浄作業では、土器の種類や出土状態に応じてブラシやハケなどの道具を使い分け、土器の表面にみられる製作痕跡や使用痕跡を洗い流さないように、付着した土を丁寧に洗い流します。
特に土器のなかには、瓦などの硬質な遺物とは異なり、軟質で長時間水に浸すと劣化や崩れて失われてしまうものもあります。
そのような土器は、水洗いの時間や使用する道具に十分配慮して、土器を傷つけないよう慎重に作業を行う必要があります。

作業員さんの手の動きに注目です!
土器をはじめとする遺物洗浄時のハケやブラシは、ゴシゴシ横にスライドさせて動かすのではなく、トントンと優しく上からたたくようにします。
これは、土器の表面を毛先でこすって削ってしまわないようにするためのテクニックです。

また土器の表面にある細かな凹凸に入り込んだ泥は、竹串などを使用して丁寧に取り除きます。さらに土器の割れ口に付着した泥も確実に除去します。
これは、洗浄後に接合や復元作業を行う際、割れ口の断面に土が残っていると接合面がきっちりと合わなくなるためです。

洗浄後の土器は、かごなどに入れて風通しの良い場所で自然乾燥させます。乾燥が不十分な状態で保管すると、カビの発生などによって遺物の劣化を招くおそれがあるためです。

今回は、プロフェショナルな整理作業員さんのお仕事についての紹介でした。今後も続けて紹介していきますね。

和歌山の文化財情報シリーズ㊼台風一過の晴れ間、蒸し暑い一日となっています。熱中症に気をつけてください。さて今年度も、和歌山城天守閣さんと共同で文化財を見て聞いて触って体感していただく小中学生対象のイベントを企画しました。今日はそのご案内です...
29/06/2026

和歌山の文化財情報シリーズ㊼

台風一過の晴れ間、蒸し暑い一日となっています。
熱中症に気をつけてください。

さて今年度も、和歌山城天守閣さんと共同で文化財を見て聞いて触って体感していただく小中学生対象のイベントを企画しました。
今日はそのご案内です。

テーマは、「豊臣時代の和歌山城」!
「さては、NHKの大河ドラマにあやかって企画したなぁ」と思ったそこのあなたっ!
大正解です!

実は戦国時代、雑賀惣国と呼ばれ、寺社や土豪による中世的な地域支配が根強く残っていた紀州に攻め入り、圧倒的な権勢と物量を投入して雑賀衆が立て籠もる太田城を水攻めで落とし、武家による封建的支配の幕開けを告げた戦国武将といえば?
そうです羽柴秀吉(豊臣秀吉)です!

その羽柴秀吉が、紀州平定ののち、和歌山平野の中心に位置する岡山に縄張りをして、弟の秀長に築城を命じたのが和歌山城です。

そこで、そんな秀吉さんと所縁深い和歌山城をもっともっと知っていただくために、3つのイベントを企画しました。
ひとつは、和歌山市内に残る秀吉さんと繋がり深い遺跡を紹介する「豊臣時代の和歌山考古学散歩」(写真パネル展)。

もうひとつは、昨年も開催し考古学者パズルと拓本体験が好評でした「遺跡発掘学芸員のお仕事体験」(ワークショップ)。

そして和歌山城を体感する「豊臣時代の和歌山城を知ろう!」(クイズラリー)

このうち、ワークショップとクイズラリーへの参加者にはオリジナルトートバックをプレゼント。
是非、長い夏休みの一日、秀吉さんと和歌山城の歴史を学んでみませんか?

和歌山の文化財情報シリーズ㊻台風が2つも近づいています。予定進路に近い地域の皆様くれぐれもご注意ください。今から約1,550年前のお話です。倭の五王と呼ばれる讃(サン)・珍(チン)・済(セイ)・興(コウ)・武(ブ)のうち、最後の武(雄略天皇...
25/06/2026

和歌山の文化財情報シリーズ㊻

台風が2つも近づいています。
予定進路に近い地域の皆様くれぐれもご注意ください。

今から約1,550年前のお話です。
倭の五王と呼ばれる讃(サン)・珍(チン)・済(セイ)・興(コウ)・武(ブ)のうち、最後の武(雄略天皇に比定されています)の治世、紀の川下流域は朝鮮半島への軍事行動の拠点として、半島の文化が渡来する政治・文化の中心地のひとつであり、倭政権から最も重要視された地域でした。

そんな社会情勢を背景にして、国指定史跡の大谷古墳は築造されます。
大谷古墳から出土した馬冑や馬甲は、大陸的色彩が強く舶来の可能性が高いもので、国内では出土例の極めて少ないものです。そのほか、鐙などの馬具一式が出土しています。
また被葬者が埋葬された石棺は、阿蘇地方産の阿蘇溶結凝灰岩とされる組み合わせの家形石棺です。
これらのことから大谷古墳に葬られた被葬者は、紀氏のなかで朝鮮半島に出陣し、広域な地域的繋がりをもった武人の墓ではないかと考えられています。

一方、大谷古墳から出土した埴輪は、それまで紀の川下流域で生産されていた須恵器技法を多用する地域的色彩の濃い埴輪(淡輪技法をもつ埴輪)ではなく、政権に近い畿内中心部で生産された埴輪(王陵系埴輪)の製作技法と共通する技法をもつものです。
しかも現段階では、大谷古墳が紀の川下流域における王陵系埴輪の初現となります。
そうすると、大谷古墳の被葬者像がもう少し具体化してきます。
すなわち、当時、畿内中心部の倭政権中枢部と密接に人や技術(埴輪製作工人)の交流を管理することができた人。

ここで新たな疑問が、、、、、。
大谷古墳の被葬者は、紀氏?それとも政権中枢部の有力者?古墳が紀の川下流域に築造されたのだから紀氏だよって単純にはいかないような、、、、、謎です。

和歌山市立博物館では、今月初めから「大谷古墳と紀の川北岸の古墳」が開催中です。また、来月初めから「紀伊を駆けた鉄の馬‐大谷古墳・馬の武装‐」が開催されます。

是非、ご来館いただき、大谷古墳の被葬者の謎に迫ってみてください。

和歌山の文化財情報シリーズ㊺和歌山は梅雨の中休みです。遺跡発掘の調査技師は、人間ですから仕方のないことですが、、、晴天で土が乾き始めると雨を乞い、雨天が続くと晴天を願います。我ながら、「なんて身勝手で我儘なことを願うものだ」と自戒を込めて反...
17/06/2026

和歌山の文化財情報シリーズ㊺

和歌山は梅雨の中休みです。
遺跡発掘の調査技師は、人間ですから仕方のないことですが、、、晴天で土が乾き始めると雨を乞い、雨天が続くと晴天を願います。
我ながら、「なんて身勝手で我儘なことを願うものだ」と自戒を込めて反省する今日この頃です。

さて、このFacebookページのテーマでもありますが、来月18日(土)に和歌山県文化財センターさんが「文化財にまつわるお仕事ってどんなコト?」をテーマに、中学・高校生を対象としたトークイベント(談話会)を開催します。

文化財に関わる仕事内容の紹介をはじめ、将来、発掘調査技師を目指すにはどうしたらいいの?について、現役で活躍する調査技師が皆さんの質問にお答えする企画です。

遺跡の発掘調査や出土遺物に少し興味を抱いている、、、そこのあなた!
是非ご参加いただき、魅力あふれる遺跡の世界へ、はじめの一歩を踏み出してみませんか?

住所

和歌山県和歌山市一番丁3 わかやま歴史館3階
Wakayama-shi, Wakayama
640-8146

営業時間

月曜日 08:30 - 17:15
火曜日 08:30 - 17:15
水曜日 08:30 - 17:15
木曜日 08:30 - 17:15
金曜日 08:30 - 17:15

電話番号

+81734351129

アラート

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