群馬県立歴史博物館

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【鮎図】 今年も7月に入り、暑い夏が到来しました。今回は、当館所蔵の資料の中から夏に関係した資料を紹介します。夏の味覚といえば鮎ということで、画像の岸浪百草居(きしなみひゃくそうきょ)の「鮎図」をご覧ください。 岸浪百草居は館林出身の日本画...
15/07/2026

【鮎図】

 今年も7月に入り、暑い夏が到来しました。今回は、当館所蔵の資料の中から夏に関係した資料を紹介します。夏の味覚といえば鮎ということで、画像の岸浪百草居(きしなみひゃくそうきょ)の「鮎図」をご覧ください。
 岸浪百草居は館林出身の日本画家で、明治末期から戦後にかけて活躍しました。父で日本画家である岸浪柳渓(りゅうけい)から手ほどきを受け、その後小室翠雲(こむろすいうん)に師事し、南画の基本的な技術を学びました。
 南画を中心に描いていた百草居ですが、後に西洋画の技法を取り入れた写実的な作品を描くようになります。特に晩年になると画題として魚を取り上げることが多く、魚をテーマとした『魚に會ふ』というエッセイも出版しています。自宅でスケッチをした後の魚は調理して食べることがあったそうです。この作品は鮎のみですが、鮎が串焼きにされている作品もあります。
 夏の訪れを感じてもらえたら幸いです。

【参考文献】
・群馬県立館林美術館編 2009 「生誕120年 館林に生まれた日本画家・岸浪百草居展―南画学習から写実を経て魚類画の名手に」、群馬県立館林美術館
・群馬県立歴史博物館編 2023 「第108回企画展れきはく☆生き物大集合」、群馬県立歴史博物館

【開幕しました!「ヨロイを着た古墳人がみた世界―奇跡の金井遺跡群―」】 平成24年11月19日、渋川市金井遺跡群で「ヨロイを着た古墳人」が見つかりました。約1500年前の榛名山の大噴火による火砕流で埋もれていたのです。ヨロイを着た状態の人骨...
14/07/2026

【開幕しました!「ヨロイを着た古墳人がみた世界―奇跡の金井遺跡群―」】

 平成24年11月19日、渋川市金井遺跡群で「ヨロイを着た古墳人」が見つかりました。約1500年前の榛名山の大噴火による火砕流で埋もれていたのです。ヨロイを着た状態の人骨の出土は国内初、まさに世紀の大発見であり、しかもヨロイは、あの国宝「埴輪 挂甲の武人」に表現されたヨロイと同じ種類の挂甲(小札甲)だったのです。
 遺跡群では合計6人の古墳人が見つかり、豪族居館や神まつり、モノづくりの場などが当時のまま奇跡的に残っていました。古墳時代のリアルな世界を復元できる資料として、出土品は昨秋、国の重要文化財に指定されました。
 今回はその記念としての企画展です。列島各地の同時代資料とも比べつつ、出土品の歴史的な価値に迫ります。この夏、古墳人が生きた世界をのぞいてみませんか。
 本展では、令和8年度国立文化財機構所蔵品貸与促進事業として、国宝「埴輪 挂甲の武人」が17年ぶりに里帰りしています。地元群馬県で、その姿をじっくりとご覧ください。
 
 また、関連行事として、研究者による講演会はもちろんのこと、夏休みにあわせてクイズラリーやサマーワークショップ、こども展示ツアーも予定しております。企画展は8月30日(日)まで、詳細は当館ホームページをご覧ください。

【獣帯鏡 ー銅鏡の、鏡の部分はどこでしょうー】    獣帯鏡とは、神聖な動物などの姿が文様になっている銅鏡です。 写真1の獣帯鏡は綿貫観音山古墳から出土したもので、国宝に指定されています。直径は23.4cm、青龍や玄武などの霊獣や、神仙(不...
25/06/2026

【獣帯鏡 ー銅鏡の、鏡の部分はどこでしょうー】
  
 獣帯鏡とは、神聖な動物などの姿が文様になっている銅鏡です。
 写真1の獣帯鏡は綿貫観音山古墳から出土したもので、国宝に指定されています。直径は23.4cm、青龍や玄武などの霊獣や、神仙(不老不死で、神通力を持つ人)の文様があります。外側には35文字の銘帯(文字が刻まれた帯状の区域)なども見られます。
 この獣帯鏡は、韓国の武寧王陵(ぶねいおうりょう)や滋賀県の三上山下(みかみやました)古墳から出土したものと、大きさや形、文様が同じです。基になる鏡に粘土を当て、文様を写し取って鋳型を作る「踏み返し」の製法で作られています。

 ところで皆さんは、このような銅鏡を博物館で見て、どの部分が鏡なのか不思議に思ったことはありませんか?
 実は、博物館で展示してあるのは、鏡の裏側(鏡背)なのです。文様と反対の面が鏡になっています。写真2は復元品の画像ですが、想像以上にきれいに映し出すことができます。古墳時代には、自分の顔などを映すだけでなく、光を反射することから魔除けとしても使われていたようです。
 では、綿貫観音山古墳出土の獣帯鏡の裏側は、どのようになっているのでしょうか?裏側の写真がありましたので載せてみました(写真3)。このように、現在は緑青化(ろくしょうか)してかなりの部分が緑色になっていますが、製作当時はもう少し光っていたものと思われます。
 このように銅鏡は、特徴の少ない表側よりも、裏側の文様を良く見ていただきたいことから、当館でも裏面を展示しています。

【「金井沢碑」展 本日が最終日です】 特別展「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」は、本日が最終日となります。会期中はたくさんのご来館ありがとうございました。 昨日は最後の関連行事として、群馬県立渋川女子高校書道部の皆さんに書道パフ...
07/06/2026

【「金井沢碑」展 本日が最終日です】

 特別展「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」は、本日が最終日となります。会期中はたくさんのご来館ありがとうございました。

 昨日は最後の関連行事として、群馬県立渋川女子高校書道部の皆さんに書道パフォーマンスをご披露いただきました。音楽に合わせて、書道部の2・3年生12名がのびやかに大きな筆を運び、迫力あるすばらしい作品が3点できあがりました。金井沢碑を含む上野三碑をテーマに取り入れてくださった作品は、「繋」(つなぐ)の力強い文字が印象的です(写真)。動きや構成にまで工夫を凝らした表現力と、高校生の真剣でいきいきとした姿に、観客の皆さんからは思わず感動の声が上がっていました。
 
 「金井沢碑」展は、本日で閉幕いたしますが、書道パフォーマンスの作品の一部(写真のもの)は、本日から6月28日(日)まで、当館エントランスホールに展示の予定です。
(※6月8日(月)~15日(月)、22(月)は休館となりますのでご注意ください。)
 
 渋川女子高校書道部の皆さん、すてきなパフォーマンスをありがとうございました!

【明日閉幕!「金井沢碑」展】 現在開催中の特別展「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」は、明日閉幕を迎えます。金井沢碑の碑文にこめられた思いを手がかりに、当時の地域や人々の姿、群馬の古代仏教の世界をたどる今回の展示では、県内各地の遺...
06/06/2026

【明日閉幕!「金井沢碑」展】

 現在開催中の特別展「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」は、明日閉幕を迎えます。金井沢碑の碑文にこめられた思いを手がかりに、当時の地域や人々の姿、群馬の古代仏教の世界をたどる今回の展示では、県内各地の遺跡から出土した資料などを多数展示しています。
 画像は、第2章「上野国と古代仏教」で展示中の「小水麿経」(巻五十一)です。「小水麿経」とは、平安時代初期に安倍朝臣小水麿(あべのあそんおみずまろ)が檀主となって写経をさせた大般若波羅密多経(1部600巻)の通称です。600巻のうち、埼玉県ときがわ町の慈光寺に残された152巻は、国指定重要文化財に指定されています。

 そのほか、今回の展示の第2章で古代仏教関連として紹介している主な遺跡は、山王廃寺(前橋市)、上植木廃寺(伊勢崎市)、上野国分寺・上野国分尼寺(高崎市および前橋市)、十三宝塚遺跡(伊勢崎市)、上西原遺跡(前橋市)、三原田諏訪上遺跡(渋川市)、黒熊中西遺跡(高崎市)、牛田廃寺(藤岡市)、緑野寺(藤岡市)、戸神諏訪・戸神諏訪Ⅱ遺跡(沼田市)、元総社蒼海遺跡群(前橋市)です。そのほか、八重巻窯跡(安中市)をはじめとする古代の窯跡や、弘仁9年(818)に起きたと伝えられる弘仁地震関連資料なども展示・紹介しています。

 瓦や奈良三彩をはじめ、塑像や瓦塔・瓦堂、線刻紡錘車や墨書土器、小金銅仏など、古代仏教にまつわる優品を一堂にご鑑賞いただける機会となっています。県内各市町村および博物館・資料館にご協力をいただいて今回の特別展が実現できましたこと、この場をお借りして御礼申し上げます。明日までの開催となりますので、この機会にぜひご覧ください。

【「金井沢碑」展 閉幕まであと3日】 4月7日から始まった「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」展も、残すところあと3日となりました。来館者の皆様からは、予想以上に見応えがあった、という嬉しいお言葉を多くいただいております。 明日6...
05/06/2026

【「金井沢碑」展 閉幕まであと3日】

 4月7日から始まった「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」展も、残すところあと3日となりました。来館者の皆様からは、予想以上に見応えがあった、という嬉しいお言葉を多くいただいております。
 明日6月6日(土)は関連イベントとして、群馬県立渋川女子高校書道部の皆様による書道パフォーマンスを開催いたします。約4m×6mという大きな作品に、金井沢碑をテーマに取り入れてくださるとのこと、非常に楽しみです。ダイナミックな書の表現を是非ご覧ください!

<日 時>6月6日(土)13時30分~14時30分予定
<場 所>当館エントランスホール
不要

写真:渋川女子高校書道部の活動の様子(渋川女子高校提供)

【ここがすごい!金井沢碑】 上野三碑のひとつである金井沢碑は、県内最古の「羣馬(群馬)」の文字が見られる資料として貴重なものです。 「羣」は「群」の異体字です。「君」と「羊」の部分が、上下と左右の組み合わせで異なっていますが、意味としてはこ...
05/06/2026

【ここがすごい!金井沢碑】

 上野三碑のひとつである金井沢碑は、県内最古の「羣馬(群馬)」の文字が見られる資料として貴重なものです。
 「羣」は「群」の異体字です。「君」と「羊」の部分が、上下と左右の組み合わせで異なっていますが、意味としてはこの2つは同じ漢字です。同じような例としては、「峰」と「峯」が挙げられます。
 「羣」の文字を現代で見かけることはあまりありませんが、実は群馬県紋章(県のシンボルマーク)の中央には、この漢字がデザインされています。群馬県のホームページには、次のように説明されていますので、実際の群馬県紋章を確認してみてください。

 「県庁舎建設を機に、郷土を表徴する紋章として県民から公募し、優秀なものを基礎として県で作成しました。中心に「群」の古字を置いています。周辺には赤城山・榛名山・妙義山の上毛三山を配しています。(大正15年10月1日告示)」
https://www.pref.gunma.jp/site/gunma-gaiyo/136052.html
(「県ホームページ・群馬の概要」より)

 榛名山南麓の地域は、奈良時代以前には「車評」、やがて「群馬郡」(読みはどちらも「くるまのこおり」)と呼ばれていました。この地域が古代より有数の馬の生産地であり、馬を飼育する「牧(まき)」が多く置かれていたことに由来すると考えられています。
 金井沢碑の1行目には、「上野国羣馬郡下賛郷髙田里」という地名が刻まれています。この部分からは、当時の「国郡郷里制(こくぐんごうりせい)」という地方行政の制度が、この地方まで浸透していたことが確認できるのです。
 令和8年春の特別展「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」は、6月7日(日)までの開催です。

写真:当館展示パネル

【日本の火葬はいつから?】 今回、紹介する資料は「有蓋短頸壺(ゆうがいたんけいこ)」です。6月7日(日)まで開催の特別展「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」にて展示中です。これは、火葬された骨を納める骨蔵器として使われた須恵器です...
04/06/2026

【日本の火葬はいつから?】

 今回、紹介する資料は「有蓋短頸壺(ゆうがいたんけいこ)」です。6月7日(日)まで開催の特別展「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」にて展示中です。これは、火葬された骨を納める骨蔵器として使われた須恵器です。時代としては8世紀前半ごろのものとされています。蓋の天井部の端に突起がめぐり、蓋の真ん中に凹んだ偏平なつまみがあるといった特徴があり、「上野(こうずけ)型」という種類に分類されます。この時期の畿内の火葬墓で骨蔵器として有蓋短頸壺が用いられており、それを真似つつ独自色を加えた壺を作られ使われています。
 では、火葬はいつ頃から行われたのでしょうか。その最初の事例は『続日本紀』に記されています。700(文武天皇4)年に僧・道昭が初めて火葬をされ、続いて持統天皇が火葬されました。これ以降、貴族や役人の間で火葬が広まっていくこととなります。
 ちなみに、火葬が広まる前に行われていた古墳の築造ですが、大化の改新時に身分によって墓の大きさなどを定めた薄葬令(はくそうれい)以降少なくなっていきます。豪族たちは、古墳に代わり、寺院を建立していくようになっていくのです。
 
【参考文献】
 群馬県立歴史博物館編 2022 『第107回企画展 上野三碑の時代―7・8世紀の都と東国』

【山上碑(やまのうえひ)】所在地 群馬県高崎市山名町石材  輝石安山岩 高さ111cm 幅47cm 厚さ52cm (写真の展示品は複製です) 現在開催中の特別展は、「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」です。 高崎市にある上野三碑、...
28/05/2026

【山上碑(やまのうえひ)】

所在地 群馬県高崎市山名町
石材  輝石安山岩 高さ111cm 幅47cm 厚さ52cm 
(写真の展示品は複製です)

 現在開催中の特別展は、「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」です。
 高崎市にある上野三碑、「山上碑」「多胡碑」「金井沢碑」は、2017年に「世界の記憶」に登録されました。「世界の記憶」とは、世界の重要な記録遺産の保護と振興を目的に、1992年に開始されたユネスコの事業です。
 今回は、上野三碑の一つ、「山上碑」についてご紹介します。1行目に「辛巳歳」とあります。これは681年のことです。「山上碑」は、完全な形で現存する石碑としては日本で最古です。一番左の行には、「長利僧母爲記」とあります。長利というお坊さんが、亡くなった母の供養をするために建てたということが分かります。「山上碑」は、山上(やまのうえ)古墳という終末期古墳の傍らに建てられています。文字文化がまだ広まっていなかった6世紀段階の綿貫観音山古墳などでは、文字が記された出土品なども見つかっておらず、古墳に葬られていた人物の名前などは分かりません。しかし、「山上碑」に刻まれた文字から、山上古墳には長利の母が眠っている可能性が考えられます。
 このように、「山上碑」からは、文字文化の普及と、古墳文化から仏教文化への変遷が分かるのです。
 特別展「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」は、6月7日(日)までの開催です。ご来館をお待ちしています。

写真:山上碑(複製)
※この投稿の説明に該当する部分を囲む、赤い四角を付与しました

【山上多重塔】 当館では現在、令和8年度春の特別展金井沢碑建立1300年記念「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」を開催しています。展示室の主役は「金井沢碑」のレプリカ(原寸大)ですが、その脇を固めているのが「山上碑」・「多胡碑」、...
22/05/2026

【山上多重塔】

 当館では現在、令和8年度春の特別展金井沢碑建立1300年記念「金井沢碑 1300年の時を超えたメッセージ」を開催しています。展示室の主役は「金井沢碑」のレプリカ(原寸大)ですが、その脇を固めているのが「山上碑」・「多胡碑」、そして「山上多重塔」のレプリカ(原寸大)です。今回はこの「山上多重塔」を紹介します。
 「山上多重塔」は桐生市新里町にある石塔で、延暦20(801)年に道輪という僧が建立しました。高さ1.85m、上から相輪、屋蓋、塔身、礎石の4つの輝石安山岩で組まれ、三重塔を模しています。屋蓋部を外すと塔身部の最上部が箱状にくり抜かれており、ここに経典を納めました。塔身の上段は一面4文字、4面で16文字が刻まれています。中段は東面だけ4文字で他は3文字、ただし東面の4文字の「十七」だけ縦書きにすることでこれを一文字分と見なしたようです。下段は上段と同じく一面4文字の計16文字です。中段だけ一面3文字にしたのは意味があります。縦に読ませると上段・下段と中段にズレが生じて読めなくなる、つまり横に読ませるための工夫が施されているのです。
 各面に刻まれている字は次の通りです。

 (南)   (西)   (北)   (東)
如法経座 奉為朝廷 神祇父母 衆生含霊
小師道  輪延暦  廿年七  月十七日
為□无間 受苦衆生 永得安楽 令登彼岸  (□は欠字)

 南面の上段から読み始め、石塔の回りを三周すると順番に全部読めるようになっています。これを「右繞三匝(うにょうさんそう)」といいます。釈迦の入滅に際し、弟子が釈迦の回りを右回り(時計回り)に三周したことを由来とします。右回りに三周することで、釈迦と同じ礼法が塔身上部に納められた経典に対してもとられたことになります。
 今回の展示では、多重塔を周回できるように展示しています。ぜひ「右繞三匝」を体感してみてください。

住所

綿貫町992− 1
Takasaki-shi, Gunma
3701293

電話番号

+81273465522

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