04/06/2026
徳島県の出張報告レポート、第三回の今回が最終回となります。最後は徳島県の賀川豊彦関連史跡について報告させていただきます。徳島グルメについても報告していますので、徳島観光の参考にしていただければ幸いです。
まずは「賀川豊彦の墓」「旧吉野川」「正因禅寺」についてご説明します。賀川豊彦が幼少期を過ごした賀川家屋敷跡は徳島県鳴門市大麻町にあり、賀川豊彦及び賀川家の墓も大麻町に存在します(写真①②)。定期的に賀川豊彦記念・鳴門友愛会の方々が清掃を行っていて、のどかな田園地帯の中でお墓は綺麗に保たれています。すぐ近くには旧吉野川(写真③。賀川の幼少期は吉野川の本流でした)が流れていて、賀川は吉野川や徳島の自然の美しさを生涯記憶に残していました。賀川は子どもの教育論で「自然」を教えることの重要性を度々述べていますが、それは吉野川及び徳島の自然の中で幼少期を過ごしたことが大きく関係しています。近くには「正因禅寺」というお寺があり(写真④)、賀川はそこで寺子屋式に「四書五経」を学びました。
続いて徳島県名西郡石井町にある「石井教会」と徳島県徳島市にある「みどり保育園」についてご紹介します。いずれも賀川豊彦の徳島時代の恩師チャールズ・ローガン宣教師に関連する建物です。石井教会(写真⑤)は1956(昭和31)年にローガン宣教師の日本伝道を記念して、賀川を中心とした全米募金のもとローガン記念石井教会会堂が建てられました。賀川の同労者で賀川研究の著書を多数残した黒田四郎の孫にあたる黒田道郎牧師が最近まで牧師をされていました。みどり保育園(写真⑥⑦)は賀川の恩師であるローガンとマヤスが一緒に住んでいた邸宅跡にあり、「社会福祉法人ローガン記念徳島栄光福祉会」が運営しています。写真⑦の説明文にある通り徳島をこよなく愛したローガン宣教師の名は、徳島の地に残り続けています。またみどり保育園のすぐ近くに徳島名物の徳島ラーメンの店があったので、そこで昼食を取りました(写真⑧)。こってりした豚骨醤油スープに甘辛い豚バラ肉を乗っけた徳島ラーメンは、食べ応えがあり何度でもリピートしたくなります。
最後に徳島県の眉山にある「賀川豊彦文学碑」をご紹介します。眉山は『万葉集』にも詠まれたことがある徳島県を代表する歴史ある山ですが、そこには賀川の代表作『死線を越えて』の序詞が刻まれた石碑があります(写真⑨)。車で眉山山頂へと登るルート上にあり、手前の方には「賀川先生之碑」と刻まれています。賀川豊彦関連史跡を巡った後は、徳島県鳴門市のアオアヲナルトリゾート内にある「テラスカフェ オーゲ」で名物の鳴門金時パフェをいただきました(写真⑩)。鳴門海峡を一望できるカフェで堪能できる鳴門金時パフェは、鳴門金時をチップスやペーストなど異なる調理法で贅沢に使い、鳴門金時の様々な味わいを感じることができます。皆様も徳島観光の際は、賀川豊彦関連史跡と徳島グルメを思う存分楽しんでください!
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