伊達政宗公の居城「青葉城本丸会館」

伊達政宗公の居城「青葉城本丸会館」 西暦1601年(慶長五年)伊達政宗公が新たに築いた、日本第二の規模を誇る壮大な城!

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【本日の仙台城址】7/25㈯雨。本日より「日本100名城」の「仙台城のスタンプ」が、仙台城本丸跡 にある「青葉城資料展示館の売店内」 に設置されました!  これで従来設置されていた「仙台城見聞館」とあわせて二か所の設置になります。 #日本1...
25/07/2026

【本日の仙台城址】
7/25㈯雨。本日より「日本100名城」の「仙台城のスタンプ」が、仙台城本丸跡 にある「青葉城資料展示館の売店内」 に設置されました!  
これで従来設置されていた「仙台城見聞館」とあわせて二か所の設置になります。

#日本100名城  #仙台城のスタンプ  #青葉城資料展示館の売店内  #仙台城見聞館   #仙台城址

7/1㈬朝、晴れ。本日の仙台城本丸「艮櫓跡」(うしとらやぐらあと)あたり。慶長11年(1606)「7月、盂蘭盆中、政宗は五郎八姫(いろはひめ) のために、お城の楼上より見物のため仙台中の諸士の屋敷と町屋に至るまで残らず燈篭を掛けさせた。」(...
01/07/2026

7/1㈬朝、晴れ。本日の仙台城本丸「艮櫓跡」(うしとらやぐらあと)あたり。
慶長11年(1606)「7月、盂蘭盆中、政宗は五郎八姫(いろはひめ) のために、お城の楼上より見物のため仙台中の諸士の屋敷と町屋に至るまで残らず燈篭を掛けさせた。」(『貞山公治家記録』巻之21)という。まもなく徳川家康の六男松平忠輝 に嫁ぐ五郎八姫を仙台に呼び寄せ、城下をライトアップして見せたのである。
「楼上」は城下町を一望できる艮櫓であると考えられる。

#仙台城本丸  #艮櫓跡  #伊達政宗  #五郎八姫  #松平忠輝

6/12㈮正午、晴れ。本日の 仙台城本丸「大広間遺構表示」の「御成玄関跡」(おなりげんかんあと)。仙台市博物館は、この「御成玄関の蟇股」(衝立に仕立てられている)、また大広間の「妻の懸魚の六葉妻飾り」かもしれないと推察されるものを所蔵してま...
12/06/2026

6/12㈮正午、晴れ。本日の 仙台城本丸「大広間遺構表示」の「御成玄関跡」(おなりげんかんあと)。
仙台市博物館は、この「御成玄関の蟇股」(衝立に仕立てられている)、また大広間の「妻の懸魚の六葉妻飾り」かもしれないと推察されるものを所蔵してます。明治初期の本丸取り壊しに際し、取り外され残されたものかもしれないと推察されます。
あくまで「推察」であり、可能性があるということです。

#仙台城本丸  #大広間遺構表示  #御成玄関跡  #蟇股  #懸魚の六葉妻飾り

6/11㈭朝、快晴22℃。本日の 仙台城本丸跡「懸造跡」(かけづくりあと)。懸造は、『仙台城及び江戸上屋敷主要建物姿絵図(部分)』【仙台藩大工棟梁千田家資料(仙台市博物館) 】および『肯山公造制城郭木写之略図(部分)』(宮城県図書館)による...
11/06/2026

6/11㈭朝、快晴22℃。本日の 仙台城本丸跡「懸造跡」(かけづくりあと)。
懸造は、『仙台城及び江戸上屋敷主要建物姿絵図(部分)』【仙台藩大工棟梁千田家資料(仙台市博物館) 】および『肯山公造制城郭木写之略図(部分)』(宮城県図書館)によると、伊達政宗建造時は3部屋であったと思われる。
それが、後年『仙台城旧御本丸御屋形図(部分)』(仙台市博物館)に「眺瀛閣(ちょうえいかく)」という名称で描かれているように2部屋の建物で再建されたと考えられる。

#仙台城本丸跡 #懸造跡 #伊達政宗 #眺瀛閣

5/29㈮、晴れ。気温25℃。本日の仙台城本丸「艮櫓跡」(うしとらやぐらあと)。本丸の北東位置には伊達政宗時代に艮櫓という三重櫓が建てられていた。その石垣下より 金箔瓦が出土しており、艮櫓は軒の丸瓦と平瓦に金箔を施した瓦を採用していたことが...
29/05/2026

5/29㈮、晴れ。気温25℃。本日の仙台城本丸「艮櫓跡」(うしとらやぐらあと)。
本丸の北東位置には伊達政宗時代に艮櫓という三重櫓が建てられていた。その石垣下より 金箔瓦が出土しており、艮櫓は軒の丸瓦と平瓦に金箔を施した瓦を採用していたことが明らかになっている。
仙台城の金箔瓦は、山形城で発見されるまで日本の城での出土例としては最北であった。

#仙台城本丸  #艮櫓跡  #伊達政宗時代  #三重櫓  #金箔瓦  #山形城

5/11㈪朝、快晴。本日の 仙台城本丸跡「懸造跡」(かけづくりあと)。懸造は、「築城期の仙台橋⇒花壇「御仮屋」⇒霊場「経ヶ峰」(虚空蔵堂あり)⇒太平洋」に向けて建てられていた。築城期、登城する時に渡る当時唯一の橋であった仙台橋からよく見え、...
11/05/2026

5/11㈪朝、快晴。本日の 仙台城本丸跡「懸造跡」(かけづくりあと)。
懸造は、「築城期の仙台橋⇒花壇「御仮屋」⇒霊場「経ヶ峰」(虚空蔵堂あり)⇒太平洋」に向けて建てられていた。
築城期、登城する時に渡る当時唯一の橋であった仙台橋からよく見え、仙台橋・花壇「御仮屋」あたりから見上げる時、お城のシンボルの役割を果たしていた。懸造は、築城期の仙台橋あたりから見上げた時の景観を意識して建てられたのであり、よって城下町の方を向いていなかったのである。

#仙台城本丸跡  #懸造跡  #花壇御仮屋 #経ヶ峰

5/7㈭昼、快晴。本日の 仙台城本丸「大台所跡」(おおだいどころあと)。大広間につぐ巨大な建物で片屋根の煙出し(けむだし) が特徴的。本丸に詰めている家臣たち数百人と、政宗公の家族など「奥」で暮らす者たちの食事をつくる。火を使い、煙出しがあ...
07/05/2026

5/7㈭昼、快晴。本日の 仙台城本丸「大台所跡」(おおだいどころあと)。
大広間につぐ巨大な建物で片屋根の煙出し(けむだし) が特徴的。本丸に詰めている家臣たち数百人と、政宗公の家族など「奥」で暮らす者たちの食事をつくる。
火を使い、煙出しがあるため瓦葺であった。

#仙台城本丸  #大台所跡  #煙出し

4/27㈪朝、雨。本日の仙台城本丸跡。青葉城資料展示館では、伊達政宗公のお抱え刀匠「藤原國包」(ふじわらのくにかね)の刀と脇差の展示がはじまりました。國包が「山城大掾」(やましろだいじょう)を受領したのは寛永四年(1627)頃で、以降「山城...
27/04/2026

4/27㈪朝、雨。本日の仙台城本丸跡。
青葉城資料展示館では、伊達政宗公のお抱え刀匠「藤原國包」(ふじわらのくにかね)の刀と脇差の展示がはじまりました。
國包が「山城大掾」(やましろだいじょう)を受領したのは寛永四年(1627)頃で、以降「山城大掾藤原國包」と銘を切る。
國包は古作・大和鍛冶保昌派(ほうしょうは)の末流と称し、その作風は純然たる保昌風であり、古作に迫るものがある。

#仙台城本丸跡 #伊達政宗公 #藤原國包 #山城大掾藤原國包 #刀 #脇差

4/26㈰朝、晴れ。本日の仙台城本丸「大広間」遺構表示の「葵の間」(あおいのま 別名「芙蓉の間」)。この間は、外に面していない内向きの間で、表の間の金地彩色とは異なり、銀地彩色で葵が描かれていた。大広間は、表の間は金地彩色を施し狩野派の新し...
26/04/2026

4/26㈰朝、晴れ。本日の仙台城本丸「大広間」遺構表示の「葵の間」(あおいのま 別名「芙蓉の間」)。この間は、外に面していない内向きの間で、表の間の金地彩色とは異なり、銀地彩色で葵が描かれていた。
大広間は、表の間は金地彩色を施し狩野派の新しい技法で描く。裏の間(葵の間、御帳台の間)は銀地彩色を施し伝統的な大和絵の技法を用いた絵を描いている。
大崎八幡宮と瑞巌寺で用いられた「金地彩色」と「水墨画」の二重性が、仙台城大広間では、「金地彩色」と「銀地彩色」に変換されているのである。

#仙台城本丸  #大広間  #葵の間  #芙蓉の間  #銀地彩色

4/24㈮朝、晴れ。本日の仙台城本丸「埋門跡」(うずみもんあと)。本丸の南側には、平屋建て瓦葺きの「埋門」が建てられていた。埋門の入城ルートは、連続虎口といい、「二折れ」させる枡形の防御性の高いものである。これは伊達氏系城郭の特徴であると考...
24/04/2026

4/24㈮朝、晴れ。本日の仙台城本丸「埋門跡」(うずみもんあと)。本丸の南側には、平屋建て瓦葺きの「埋門」が建てられていた。
埋門の入城ルートは、連続虎口といい、「二折れ」させる枡形の防御性の高いものである。これは伊達氏系城郭の特徴であると考えられる。
連続虎口は織豊系城郭にもみられるが、伊達家では戦国期の西山城西館の桝形虎口(福島県伊達郡桑折町)にもみられ、伊達氏系城郭技術の継承と考える。

#仙台城本丸 #埋門跡 #連続虎口 #西山城西館

住所

青葉区川内 1
Sendai, Miyagi
9800862

電話番号

+81222220218

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