HOKUBU記念絵画館

HOKUBU記念絵画館 蔵書の閲覧やコーヒーのサービスなど、鑑賞以外の楽しみもあります。じ?

WBCを地上波のテレビで観ることができない。民放では放映権獲得の予算が充分に無かったとか、スポーツコンテンツの有料化の流れ、とか言われている。日本がそんな貧乏国とは思わなかった。本当なら「なぜ観ることが出来ないんだ」という申し出がたくさんあ...
15/03/2026

WBCを地上波のテレビで観ることができない。民放では放映権獲得の予算が充分に無かったとか、スポーツコンテンツの有料化の流れ、とか言われている。日本がそんな貧乏国とは思わなかった。本当なら「なぜ観ることが出来ないんだ」という申し出がたくさんあって欲しかった。日本のメディアや報道は素晴らしく進歩していると思う。与えられた自由をよく身につけ、それを享受する才能を持っている。しかし、未だ与えられていない自由に肉薄する気概を示していない気がする。WBCは文化だ。金儲けの道具にしてもらいたくない。見たくても見れない人が山ほどいるはずだ。私もただラジオで応援するだけというのは、何としても悔しくてたまらない。

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くしゃみで背骨を痛めてしまった。注意はしていたものの手抜かりがあったことは反省しなければならない。幸いにして重症ではないが、今にもギックリ腰になりそうな気配がある。マッサージのおじさんに相談すると「痛みが強ければ安静にするべきだが、こわばり...
14/03/2026

くしゃみで背骨を痛めてしまった。注意はしていたものの手抜かりがあったことは反省しなければならない。幸いにして重症ではないが、今にもギックリ腰になりそうな気配がある。マッサージのおじさんに相談すると「痛みが強ければ安静にするべきだが、こわばりが強ければ今日か明日にでも揉んで良い」とのことだった。私はこの言葉にすがりついた。
ひ弱で、自分の身体にお金をかけることを厭わない私は、そのつど、マッサージをする。最近はお店ではなく、おじさんの自宅で治療してもらう。おじさんは少しずつ筋肉をほぐし、背骨の歪みを直してくれる。整体するベットは暖かく、部屋の湿度もちょうど良い。ボリュームを小さくした音楽が流れているので、お義理で話しをすることもない。行き届いたこの部屋においておしゃべりは無作法に思われる。
おそらく奥さんの趣味だろうが、家具のセンスや小物の配置も品が良かった。これが娯楽というものに当たるのかは分からないが別天地と言って良い。私はリラックスしてクラッシック音楽に耳を傾ける。「ボレロ」で手の指を動かして、「アイネクライネナハトムジーク」で葉加瀬太郎の解説を思い出す。おじさんも「アルルの女」で鼻歌を歌っている。名曲が終わるまでに腰痛は全快した。
「これ、良かったら」と私は感謝の気持ちを込めてコンサートのチケットを渡した。決して高価なものではないが、KITARAで開催する催しだ。おじさんはチケットを手に取って感謝の言葉を述べた。そして、帰り際に「お金は❓」と聞いてきた。私は「いりません、いりません、ただで貰ったものですから」と蚊の泣くような声で手を振り退散した。車に乗り、家に帰った。そして、ふと思いついた。マッサージ代を支払っていなかった。甚だしい勘違いとはこのことだろう。おじさんのポカーンとした顔が思い出された。
独りよがりの感謝の気持ちに従っておいて、こんなことを言う資格はないのであるが、世界の置かれた苦難の状態に憂慮している。民主主義は後退し、理念でなく利害が支配している。「間違っていることは間違っている」とはっきり言える政治家であって欲しい。みんな心の奥深いところで同じことを呟いているはずだ。

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絵画館は札幌の中心部の南、豊平川からちょっと行ったところで、地下鉄学園前駅から歩いて6、7分、都心からもタクシーで15分ほどで、割と便利なところだ。だが、この地域はススキノで働く人たちや学生の賃貸住宅が多く、夜などはさびしいくらいに静かだ。...
27/02/2026

絵画館は札幌の中心部の南、豊平川からちょっと行ったところで、地下鉄学園前駅から歩いて6、7分、都心からもタクシーで15分ほどで、割と便利なところだ。だが、この地域はススキノで働く人たちや学生の賃貸住宅が多く、夜などはさびしいくらいに静かだ。もちろん、身なりのきちんとした人や、年金で暮らすような老人もいる。生活に余裕のある人がいるのはどこも同じかもしれない。

絵画館のある一角には車がよくスタックする脇道がある。向かいの小さなアパートとコンビニには融雪機がないので溜まった雪を絵画館と脇道の境界側へ持ってくる。なので、絵画館の駐車場に大きな雪山ができる。駐車場には周りの建物が大きく影を作っていて、なかなか雪が溶けてくれない。4台分ある駐車場はいま2台しかとめられない。

新しい展示が始まる朝は早く出た。中の島通りは除雪機が巨大な草刈機のようなものを忙しなく動かして道ばたの雪積みを崩している。長い冬のあいだ、居座り続けた大きなかたまりが消えていくのは嬉しかった。黒ずんだ雪が朝の光を受けている。私はうすらさむい空気の中で車を降りた。すると、駐車場に一台ミニバンが停車していた。気の早いお客さんかと思ったが、中にいるのは建築現場の作業着のようなものを着た男二人だった。一人はシートに身体をもたれて腕組みをしている。私は「エレベーター点検ですか?」と声をかけた。

男は車から出てきた。私を手招きして建物の奥まったところへ連れていく。男は五十近くで年配ではあるが大きな体、大きな顔、口も鼻も一切が大きくて深く、目玉はギョロギョロしていた。ヤクザの親分という感じだった。私は動物としての本能から恐怖を感じた。縛り上げられ、コンクリート漬けにされるかと思った。

ところが、彼は警察官だった。「張り込みをしているから、しばらく車を置かせてくれ」という。私は快諾した。それが気にかなっているかと思い「ご苦労様です」と付け加えた。ただ、それで、彼らは付け上がった。絵画館がオープンして、しばらくすると今度は「車をもう一台止めさせてくれ」という。

確かに初日の絵画館は始発電車のように静かだったが、お客さんの車が入れないようでは困る。私は「近くの有料駐車場へ移動してくれ」と言った。コワモテの警察官はありありと不満の色を浮かべた。知らないはずはないのに「ありますかね?」とやや訝しげに首をかしげた。しらばっくれて誤魔化した。私を「協力者」にすることだけでは飽き足らず「共謀者」の位置に引きずり込んだ。そして、午後を過ぎても警察の車二台は絵画館の駐車場を占領し続けた。これは国家権力の横暴ではなかろうか。

それから、警察官が一斉に車を飛び出て走っていくのを目撃した。とりものがあったらしい。昨日の話だ。今日はまだ警察の車はない。松井が雪山を崩して駐車場のスペースを広げている。雪かきはいよいよ大詰めを迎えたが、私は警察官が一言の礼もなく帰っていったのを苦々しく思っている。

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薄く雪が積もった駐車場には高級車が並んでいた。軽自動車を停めて中に入ると広い店内には油絵が飾られていた。お昼時のイタリアンなので暇とお金を持て余した主婦が来ていたのはいうまでもない。セーターに作業用ズボンの男二人が場違いなところに来たなと思...
14/02/2026

薄く雪が積もった駐車場には高級車が並んでいた。軽自動車を停めて中に入ると広い店内には油絵が飾られていた。お昼時のイタリアンなので暇とお金を持て余した主婦が来ていたのはいうまでもない。セーターに作業用ズボンの男二人が場違いなところに来たなと思いながらも、私たちは窓際に腰を下ろした。一番安いコース料理が運ばれて来るのを待った。

何か話題を提供する必要を感じたので「従兄弟の入籍」を報告した。松井は不快そうな表情を作った。最近の松井に結婚の話はタブーだったが、私はそれを忘れていた。私はその話題を引っ込めようとしたが、松井は従兄弟の経済状況を問うた。松井はどんな話でも自分の現状と重ねずにはいられないのだ。めでたい報告も松井にかかると「貧乏暇なし、金なし」の現実に帰結するのだ。

私は目の前に出された料理をつまみながら、松井が幸せになる方法を説き始めた。まわりくどい言い方だったが、結局のところ「顔面の高望みをやめて、分相応の相手を見つけることだ」というのが私の言わんとするポイントだった。

それは松井が最も不本意で未練を感じる部分かもしれない。それでも、私は美人というものがオッカナイものだという自身の経験からズンズンと自説を展開したが、松井は二重に不快そうな表情を作った。ただ、最もいけなかったのは、隣の席の主婦達との間に超えがたい距離を、いや私との間に距離を感じさせたことかもしれない。場違いはやはりいけない。どうも私の失敗だ。食事が不味くなった。

今日はバレンタインデーだ。札幌もようやく寒さが緩んできた気がする。今年は雪かきが大変だった。松井がいなければお手あけだったと思う。私は松井を尊敬している。単に高学歴だとか、カメラマンとしての腕とかではなく、無力でもファイティングポーズをとり続ける人間だからだ。私のように親のスネをかじるでも、親の七光で館長をしているわけでもなく、たとえ落ちぶれても自立して生きているからだ。

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夕食後に母とゲームをします。終わったら負けた人が唄をうたいます。言葉を撒き散らすようなラップでもなく、うら悲しい流行歌でもなく、楽しく生きることを考えた童謡をうたいます。元気なしわがれ声を茶の間に響かせます。あるときは母の発案で富士の歌をみ...
11/02/2026

夕食後に母とゲームをします。終わったら負けた人が唄をうたいます。言葉を撒き散らすようなラップでもなく、うら悲しい流行歌でもなく、楽しく生きることを考えた童謡をうたいます。元気なしわがれ声を茶の間に響かせます。あるときは母の発案で富士の歌をみんなで合唱しました。「頭を雲の上に出し」の出だしで始まる歌は切々とした響きを持っています。余韻を残した部分、詠嘆的な絶叫もあります。それは声を合わせることで心が合う心理作用もあります。日本の音楽家は西洋人の書いたクラッシックばかり弾かないで、日本人の心を音楽で表現してもらいたいものです。
ところで、信仰の対象と芸術の源泉としてユネスコの世界遺産に認定された富士は「富士額」に例えられる日本の美の象徴であり、「一富士、二鷹、三茄子」に例えられる縁起のいいものの代表です。富士は日本一高い山であることは言うまでもありませんが、ただ高いというだけではなく、知名度や、景観のよさを含めての日本一といえるでしょう。確かに世界には富士よりも何倍も高い山はありますが、それらが、山または山を越えて、ようやくたどり着くのに対して、富士は海抜0mの地点から、間近に見渡せるのと、辺りに他の山が無く、くっきりそびえているのが珍しいこと、更に、新しい山で、まだ表土が硬い溶岩質を保っており、均整の取れた美しい姿をしているということです。しかし、これは裏を返せば、いずれは崩れ始め、ゴツゴツと歪な形になるということであり、ご婦人のシルエット同様に、形あるものは崩れる運命にあることは事実です。
さて、日本では昔、山は神の住む領域として信仰されてきましたが、富士も早くからその対象となり、文学や美術の対象となりました。絵画としても、古くは1069年の「聖徳太子絵伝」において、擬人的ともいえるほど霊的な存在として、画面ギリギリに山頂を配して、その高さを強調しています。そして、1192年に鎌倉に幕府が出来て東海道の行き来が盛んになると、対象として近付き、実景として捉えることにより、文学においては、より具体的な描写が多くなりました。しかし、絵画においては、白い三つの峰を持つ、様式的な型へと統合されて、延々と引き継がれます。
それが、北斎の「富岳三十六景」において、さまざまな要素を元に成立される富士に変わりました。それらは、山の中腹で稲妻を光らせたと思えば、波が踊りかかる瞬間を描き、遠くに小さく見える富士が、逆に堂々とした姿で映されるなど、富士の表現に革新的な仕事を果たしました。その頂が細く、高く鋭敏な富士は、日本人の心に定着しています。
 この北斎の傑作に負けまいと奮闘した萩原英雄の「三十六富士」は、画家が四半世紀をかけて取り組んだ連作です。近代木版画の祖として、それまで誰もが思いつかなかった抽象木版を発信してきた萩原でしたが、その芸術的な価値を持つ美が、一般の人々にとって難解であったため、美と言うものをどう伝えるかという面では、マイナスの影響を持つこともありました。
そこで、萩原は日本人が積み上げてきた膨大な文化遺産である富士の表現に、抽象的な美を忍ばせ、何を持って美しいかとする日本人の美意識を感化させることに挑戦したのだと思います。姿形というよりは、むしろ色に主眼を置いたそれは、あらゆる角度からこの山を眺めながらも、大気の移ろいと、季節の力を借りて、時には情緒的に、時には高貴な色彩で三角形のシルエットを映し出しています。

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我々は、これまでにたくさんの絵画に出会い、今後もそうであると思います。ただ、そのうちでも最大の衝撃は抽象絵画だった気がします。その瞬間的な輝きは、別の多くの絵画について不感症にさせるほどに長い期間、美術界で注目されてきました。それが世代から...
10/02/2026

我々は、これまでにたくさんの絵画に出会い、今後もそうであると思います。ただ、そのうちでも最大の衝撃は抽象絵画だった気がします。その瞬間的な輝きは、別の多くの絵画について不感症にさせるほどに長い期間、美術界で注目されてきました。それが世代から世代へと引き継がれ、どれくらいになるのでしよう。ただ、豊かな実りの時を迎えている、その抽象絵画のどのように進歩し、絵画の見取り図に特別な位置を示したかについては、どう試みてみても作品を通して表すことしかできないかもしれません。
たぶん、始まりは美しい対象をそっくりそのまま写そうとする絵画の在り方自体に、狭さや、不自由さを覚えたからだと思います。それは近代に共通する概念かもしれませんが、何らかの点で合理的な考え方を拒否して、新しい表現に達するためだったのではないでしょうか。それに加えて、写真というものが発明されて価値の薄くなった絵画を、芸術として確立するための手段として変革させようという状況もあったようです。
しかし、その絵画自体が美術の主流から外れつつあるのは疑いないことかもしれません。世に流通するアートが、昨今の美術の進歩の段階の中で、絵画の壁を乗り越えていることを教えてくれます。しかし、我々が絵画と向き合うのは、人間の体質として情景を切り取ることを選んだからで、そのため強く何かを見据える表現と結びついたことは疑いないと思います。単に、現実を写そうとして、あるいは仮想の現実を描こうとして、それだけの理由で絵画が生まれたとは思えないのです。
もっとも、美術というものは、それがどんな動機からにせよ、限られた分類を少しでも押し広げようとするものです。しかし、時代は個人の努力の限界というものを超えたテクノロジーと結びつくことで、絵画を捨てるのではなく、この絵画的なものを踏まえながら、それを未来に伝えているようです。そして、抽象絵画においても、その生き残りというよりも市民権を得て、時代を越えた個性と結びつくことで、驚くべきすばらしい芸術作品が、その探求の中から引き出されつつあります。
その点で、まだまだ抽象絵画には伸び代があると思います。だいたいいかなる進歩といえども、そのはじめは実験的で、失敗も繰り返すものです。ですから我々は絵画に匙を投げる前に、現代から遠すぎず、決して近すぎない萩原英雄の抽象絵画と向き合い、絵画の限界というものをまずは一掃したいと思います。

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近代の木版を切り開いた祖といわれ、木版画でありながら木版画とは思えない、数々の作品を生み出した萩原英雄は1913年甲府に生まれました。東京美術学校の油絵科を卒業した彼が、木版画を始めるようになったのは結核の療養中に、年賀状を作ってからでした...
09/02/2026

近代の木版を切り開いた祖といわれ、木版画でありながら木版画とは思えない、数々の作品を生み出した萩原英雄は1913年甲府に生まれました。東京美術学校の油絵科を卒業した彼が、木版画を始めるようになったのは結核の療養中に、年賀状を作ってからでした。写実から抽象への転換を図っていたこの時期に、彼は木版画との運命的な出会いを果たします。そして、彼はこの木版画で何とか油絵に匹敵するような深みのある表現が出来ないかと試みます。
はじめは手探りでの制作でしたが、「画面摺り」や「木版凹版」など画期的な技法を次々に生み出し、萩原は一躍、日本版画界の寵児となりました。そんな萩原の版画を評するとき、ある人は、「抽象版画」という呼び方もします。しかし、萩原の意識の中ではあくまで伝統的な木版画からヒントを得たもので、時代の動向とは距離を保ったものでした。萩原が標榜したのは、「装飾的な平面の空間」でした。それは自らが信じた芸術的理念を追求するための抽象です。 
現代において、写実的な表現と抽象的な表現との間に、厳密な一線を引くことは難しい具象があります。今回は具象と抽象を横断するその芸術世界に触れる絶好の機会です。萩原英雄展は2月26日から開催します。

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鈴木雅明さんの「light」という作品が届いた。静寂だけでなくスマホを通した心のやりとりが感じられる作品だ。鈴木さんによると「今までスマホの光を描くことはなかったのですが、現代において人がスマホを操作している風景は日常的なものとなりましたの...
08/02/2026

鈴木雅明さんの「light」という作品が届いた。静寂だけでなくスマホを通した心のやりとりが感じられる作品だ。鈴木さんによると「今までスマホの光を描くことはなかったのですが、現代において人がスマホを操作している風景は日常的なものとなりましたので今回の個展から採用することにしました」のだという。

ここは何処なんだろう?と思ったが、あえて聞かずに想像する楽しみを残したいと思った。鈴木さんによると「僕の作品は具体的な場所がモチーフになっていますが、それが何処というよりもそういうシチュエーションのみを描きたいと思っています」のだという。

なるほど。これはあくまで想像だが、場所は海外の無人ホテル。カード鍵をなくした客が部屋に入れず困っている。しかし、受付は店じまいしていて、呼べど叫べど来てくれない。仕方なしにベンチで寝る覚悟をして家族に携帯で窮状を訴えている。そして翌朝。このホテルの中国人は、部屋代を請求して一歩もゆずらないということになる。想像終わり。誠に貧困な発想で鈴木さんには申し訳ない。。

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今日もマイカー通勤の松井が疲れている。この間は多少面白半分にチョコザップのことを書いたがそれだけではない。ウーバーイーツのせいだ。今の札幌の悪路を走った人なら分かると思うが、車を停める場所を探すのさえ一苦労だ。ワダチの凹みに車輪が埋まらない...
07/02/2026

今日もマイカー通勤の松井が疲れている。この間は多少面白半分にチョコザップのことを書いたがそれだけではない。ウーバーイーツのせいだ。今の札幌の悪路を走った人なら分かると思うが、車を停める場所を探すのさえ一苦労だ。ワダチの凹みに車輪が埋まらないように運転しているが、それでも中路には入れないので途中から走って配達をしているらしい。

繁忙期とはいえ休みがないのは疲れも溜まるのだろう。チョコレートをあげたらむさぼるように食べた。昼食休憩ではイビキをかいて熟睡する。気の利いた彼女でもいれば、何とかして、風呂を沸かすなり、マッサージするなり、行き届いた優しさで疲れを癒してくれるのだろう。

しかし人生は無慈悲だ。ヤケクソの松井は「疲れた」といった。そして「もう何もしなくてもいいというだけのお金がほしい」といった。私は「保険に入ってテレビ塔のてっぺんから飛び降りてごらんなさいよ」と言った。

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日本人の経済力ならば生活必需品はやすやすと手に入ります。最低限の必要は満たされ、そこから残金をどう使っていくかという問題になります。どこへ行こうか新しい車は何にしようかという問題に頭を悩ませます。我々は徒歩で仕事場まで歩く程度の運動はしない...
05/02/2026

日本人の経済力ならば生活必需品はやすやすと手に入ります。最低限の必要は満たされ、そこから残金をどう使っていくかという問題になります。どこへ行こうか新しい車は何にしようかという問題に頭を悩ませます。我々は徒歩で仕事場まで歩く程度の運動はしないでチョコザップには通うのです。

我々の生きる資本主義社会では消費を刺激する衝動があります。これを買えば幸せになれるというのはセールスの常套句です。だから清貧などという思想は抹殺されてしまうのでしょう。これは生産労働と結びついていますが、人間の生活を良い水準に保ことと、資源を無駄に消費しないで、要請される労働を最低限に保ことはできるでしょうか。

忙しさにまぎれて、松井に除雪を手伝ってもらいましたが、駐車場なんてなくても、どうということはないでしょう。車で来た人にスコップ渡してやってもらおうかな。福住駅まで30分かけて歩いている時にそう思いました。歩き方の速度は次第に鈍くはなりましたが、ステーキのヴィクトリアの看板が見えると元気が出てきました。ところで、松井にハンバーグをご馳走している時に、松井が間の悪そうな顔で「私、チョコザップ入りました」と打ち明けてくれました。

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大雪が積もった翌日だった。その晴れた朝に福住駅に向かって歩いていた。昨日は、言葉にならない一つのため息とともに雪と向き合ったが、屋根や大木の太い幹にうず高く積もる純白の雪は、見たことのない美しい風景に感じた。私は絵画館に車をとりに行くことも...
04/02/2026

大雪が積もった翌日だった。その晴れた朝に福住駅に向かって歩いていた。昨日は、言葉にならない一つのため息とともに雪と向き合ったが、屋根や大木の太い幹にうず高く積もる純白の雪は、見たことのない美しい風景に感じた。

私は絵画館に車をとりに行くことも忘れて、両側の樹間や雪の山に気を配って進んだ。どこも一様に真っ白だったが、誰かが除雪機で雪はねしたとみえて、一本の長い道になっていた。それは静かな朝の光りのなかにありながら、同時に目の醒めるような鮮やかな印象をよびさました。

立ち止まって雪景色の写真撮影。空も、道も、雪も、良い題材である。明日も良い天気であってほしいものだ。

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おじさんが来たのは雪の降る寒い日だった。開口一番「大変な目に遭った」といい、受付に身を乗り出してきた。おじさんは昔からの常連だが、料金を上げてからは久しぶりの来館だった。そのおじさんが独り身でほかに行き場所のない人であったことを言及しなけれ...
24/01/2026

おじさんが来たのは雪の降る寒い日だった。開口一番「大変な目に遭った」といい、受付に身を乗り出してきた。おじさんは昔からの常連だが、料金を上げてからは久しぶりの来館だった。そのおじさんが独り身でほかに行き場所のない人であったことを言及しなければならない。いかにも憔悴した様子だった。

とりあえず中に入ってもらい元気を回復させてやる必要を感じた。仕事がひと段落ついたところだったので、ラウンジに招き、暖かいコーヒーを淹れてやった。入館料が300円の頃に、おじさんはここのソフアで一日中ゴロゴロしていた。どちらかというと厚かましい客だったので、私は微笑をたたえながらも、深く関わらないようにその場から立ち去った。

しかし、しばらくするとおじさんは事務室のドアを叩き、中に転がり込んできた。「俺を父親と思い話を聞いてくれ」と言う。私は戸惑った顔を一瞬したが、間をおいてうなずいた。本当に苦しそうで、それが私の心を打った。おじさんはやや口ごもりながら語りはじめた。   

金銭的なトラブルだった。有料老人ホームに入るための手付金のことだった。弁護士に相談したが、領収書がないから泣き寝入りするしかないのだという。本当かどうかは疑わしいが、オーナーについてのいくつかの悪い評判が話題に上がった。

老人ホームのことはいずれお世話になるであろう私の興味と対応するものだったから、私はその界隈に詳しい情報通の友人にその話をした。すると「あり得ない話ではない」という。友人はそれまでに起こったオーナーにまつわる揉め事を教えてくれた。話の裏が取れる内容を見出すことができた。おじさんの話を聞き、友人の話を聞き、そのオーナーとはどんな人だろうか、と思った。しかし、程なく私はその人と遭遇することになった。

傍から見ればお金持ちというものは、有力であったり、尊敬される立場かもしれない。しかし、そういう人と会って異質なものを感じることも事実だ。

私は父から「ケチは美徳」だと教え込まれた。「ケチは美徳」だと考えたから、ケチになったのではなく、贅沢が出来なかったから、贅沢はけしからぬと考えたのだろう。父の人生の過程は非可逆的で、後には退けないものだ。父はお金に対する執着を自分自身の中に浸透させて強欲になった。それは少なくともある一面において、社会的な道徳を追い出さなければ浸透することができないものだ。それは父にも一種の戦慄を感じさせたのではないだろうか。そして、それが深く浸透したからこそ逞しくなった。

日曜日のATMで私はキャッシュカードを拾った。警察に届けた。数日後に、その落とし主から連絡がきた。相手の聞きたいことは咄嗟に判った「経費」とか「金額」という言葉が発せられた。私は「お気持ちだけで」と返答した。

その日のうちに、きわめて堂々とした姿勢で二人はやってきた。多かれ少なかれ、お礼をもらうことになるとは思ったが、やはりそうだった。私は母の作った折り紙を渡して、自分の母のような相手の安堵が保証されたことを喜んだ。なんと落とし主は私の母と同い年だった。「丑年の生まれ?」と聞かれた。すると後ろに控えたもう一人が口を入れてきた。

聞かれてもいないのに「私はこの人の老人ホームのオーナーだ」といい、そして、その老人ホームを自慢してきた。私の目は光った。私は記憶の底からおじさんの話が甦ってくるのを感じた。そのオーナーは私の顔を見て、私から引き出しうる感情を全て引き出したことに満足した。くどくどとお礼を言う老人ホームの入居者に「いいからもう帰るよ」と怒鳴り散らした。

私は久しぶりに欲望がむき出しの人間にあった気がした。本物のケチとあった気がした。私は父を見るような眼でその人を見ていた。悪いが、おじさんのことで余計な口出しをしようとは思い付かなかった。国際的なルールを破壊する大統領のことを持ち出すまでもなく、道徳とは幻想の上にきずかれたきれいごとにすぎないように思えた。

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住所

豊平区旭町1丁目1/36
Sapporo-shi, Hokkaido
062-0911

営業時間

木曜日 10:00 - 16:30
金曜日 10:00 - 16:30
土曜日 10:00 - 16:30
日曜日 10:00 - 16:30

電話番号

011-822-0306

ウェブサイト

アラート

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