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【KG四国88|No.61  徳島県 大塚国際美術館】徳島県鳴門市の大塚国際美術館は、世界26カ国・1,000点余りの西洋名画を原寸大の陶板で再現した日本最大級の美術館です🖼️「システィーナ礼拝堂」の天井画および壁画を空間ごと再現した立体展...
04/08/2026

【KG四国88|No.61 徳島県 大塚国際美術館】

徳島県鳴門市の大塚国際美術館は、世界26カ国・1,000点余りの西洋名画を原寸大の陶板で再現した日本最大級の美術館です🖼️

「システィーナ礼拝堂」の天井画および壁画を空間ごと再現した立体展示など見どころ満載で、約4kmの鑑賞ルートは日本にいながら世界のアートを巡る旅そのもの✨

作品に触れたり写真撮影ができたりと、五感でカジュアルに楽しめるのも魅力です☝️

今回は、同館の立ち上げ当初ガイドをされていた同窓生の玉置輝実(文学部・1998年卒)さんにご同行いただき、一緒に館内を回らせていただきました🚶

長年培われた深い知見による贅沢な解説のおかげで、鳴門の美しい自然に囲まれながら、世界の美術史をより深く体感できる感動のひとときとなりました🌍

📝玉置輝実さんからのコメント
「私のお気に入りスポットは、天井から壁全体の美しい青色に包まれるようなイタリア・パドヴァにある“スクロヴェーニ礼拝堂”の再現で、ジョットの壁画に囲まれ時が止まったような壮麗な空間です。このウルトラマリンブルーは、フェルメールやミケランジェロなど多くの画家達に愛された色で、美術館のシンボルカラーにもなっています。作品の中の様々な青色に癒されてください。

モネの大作”大睡蓮”も青が印象的ですが、鳴門の風を感じながらの屋外展示は、その日のお天気で色合いが変わります。今なら周りを囲む池には睡蓮が咲いています。 とにかく広いので、池を見ながらのカフェタイムや、名画に入り込むようなフォトスポットも楽しみながら、ゆっくり回るのもおすすめです♪

あとご紹介するとすれば、ダ・ヴィンチが描いた”最後の晩餐”の修復前・修復後の2作品を向かい合わせで見ることができる部屋や、世界各地にあるゴッホの(現存しない作品も含めた)7つのひまわりの再現コーナー、そして門外不出とされるピカソの”ゲルニカ”などの見所も外せません。
また、展示ゾーンごとに各時代の雰囲気に合わせて用意された椅子にもぜひご注目いただき、座ってほっと一息してみてください。館内には、ひまわりをモチーフにした椅子や、マリリン・モンローの唇の形をしたユニークなソファーもありますよ。」

現代においても、四国各地における宣教は、関西学院大学神学部を卒業した牧師たちによって担われています。また、四国88プロジェクトを通して、関西学院関係者がいくつもの教会を訪問したことは、この歴史的なつながりを今日において再確認する機会となりま...
04/08/2026

現代においても、四国各地における宣教は、関西学院大学神学部を卒業した牧師たちによって担われています。また、四国88プロジェクトを通して、関西学院関係者がいくつもの教会を訪問したことは、この歴史的なつながりを今日において再確認する機会となりました。

さらに神学部は、日本基督教団四国教区と神学生の研修プログラムに関する協定を結び、毎年、四国に神学部の学生を派遣しています。このように、四国におけるランバス宣教師の宣教は、現代にも受け継がれています。

写真は、【KG四国88|No.61 三瓶教会】

牧師先生を務められているのは、神学部卒業生の小野 輝さんです!
(宇和島中町教会の梅崎先生とご夫婦でいらっしゃいます😊)

今回は直接お伺いすることはできませんでしたが、素敵なお写真をご提供いただきました📸✨

またの機会にお会いできることを楽しみにしております!

・【関西学院と四国 -四国88プロジェクトを覚えて- 1/2】関西学院 院長 中道基夫関西学院と四国との結びつきは、学院創立の原点に深く関わっています。関西学院の創始者ウォルター・R・ランバスの働きは、神戸における宣教・教育活動にとどまらず...
04/08/2026


【関西学院と四国 -四国88プロジェクトを覚えて- 1/2】

関西学院 院長 中道基夫

関西学院と四国との結びつきは、学院創立の原点に深く関わっています。関西学院の創始者ウォルター・R・ランバスの働きは、神戸における宣教・教育活動にとどまらず、瀬戸内海沿岸から四国へと広がる伝道の中で展開されていきました。とりわけ重要なのは、父J・W・ランバスとともに進めた四国伝道です。

父ランバスは、1887年5月に宇和島に招かれ、昼は英語を教え、夜は宿舎で聖書について講義を行いました。そこには40名余りが集まったと伝えられています。同年9月にはW・R・ランバスが宇和島を訪れ、9月25日に宇和島中町教会が設立されました。その際、W・R・ランバスは旧宇和島藩主・伊達宗紀から往診を求められ、診察と治療を行いました。

記録によれば、伊達宗紀は卒中で倒れ、半身に麻痺を負っていましたが、ランバスはその治療にあたったわけです。神戸へ戻った後も薬品や栄養食品を送り続け、その結果、宗紀は回復し、長寿を保ったと伝えられています。この手厚い医療に感激した宗紀は、ランバスに対して信頼と尊敬の念を抱き、その宣教活動にも協力的であったとされています。ランバスはもともと中国で医師として医療活動を中心とした伝道に関わっていましたが、日本で医療活動を行った記録はほかになく、この宇和島での診察が唯一の医療活動であったと言われています。創立以来、関西学院大学神学部を卒業した牧師たちが、宇和島でのランバスの宣教を受け継いできました。

1888年10月11日には、八幡浜教会が設立されました。この教会においても、代々、関西学院大学神学部の卒業生が牧師を務めてきました。こうした教会の設立には、信徒宅での聖書の学びや英語学校が大きな役割を果たしました。(次へ続く…)



写真は、【KG四国88|№60 宇和島中町教会】

こちらの牧師を務められているのは、神学部卒業生の梅崎須磨子さんです。

今回は直接お伺いすることができなかったのですが、とても素敵なお写真を提供してくださいました📸✨

(梅崎先生、ありがとうございます!)

次回はぜひ直接お伺いできることを楽しみにしています!

【関西学院と四国 -四国88プロジェクトを覚えて- 2/2】関西学院 院長 中道基夫(続…)1889年には、香川県最初の教会である多度津教会が創立されました。これは関西学院の創立とほぼ同時期の出来事です。関西学院が教育の拠点であったのに対し...
04/08/2026

【関西学院と四国 -四国88プロジェクトを覚えて- 2/2】

関西学院 院長 中道基夫

(続…)1889年には、香川県最初の教会である多度津教会が創立されました。これは関西学院の創立とほぼ同時期の出来事です。関西学院が教育の拠点であったのに対し、多度津教会は、同じ宣教構想のもとに築かれた地域伝道の拠点であったと言えます。今回の「関西学院四国88プロジェクト」のオープニング礼拝が多度津教会で開催されたことも、一つの象徴的な出来事であったと言えるでしょう。

また、関西学院憲法の起草や神学部教育にも関わったC・B・モズレー宣教師は、松山の公立中学校で教鞭を執るとともに、同地で宣教活動に取り組みました。この伝道活動を通じて、1891年2月1日に松山美以教会が設立されました。「美以」とはメソジストの当て字です。さらにそこから、川上、三津、砥部へもメソジスト教会による宣教活動が広がっていきました。

四国の教会からは関西学院で学ぶ者が起こされ、また関西学院神学部で養成された牧師たちが、四国の教会形成と宣教に携わっていきました。その働きは、設立時の英語教室や聖書講義にとどまらず、地域における保育事業や社会福祉事業にも及びました。こうして、幼児教育や社会福祉の分野においても、先駆的な役割を担ってきたのです。

このように見てくると、四国は、関西学院の創立精神が教育と伝道の両面において具体化された、重要な歴史の舞台の一つであると言えます。関西学院の歩みをたどるとき、神戸や西宮だけでなく、多度津、宇和島、八幡浜、松山といった四国の地にも目を向ける必要があります。四国と関西学院との関わりを振り返ることは、学院の原点をあらためて見つめ直すことでもあります。
現代においても、四国各地における宣教は、関西学院大学神学部を卒業した牧師たちによって担われています。また、四国88プロジェクトを通して、関西学院関係者がいくつもの教会を訪問したことは、この歴史的なつながりを今日において再確認する機会となりました。

さらに神学部は、日本基督教団四国教区と神学生の研修プログラムに関する協定を結び、毎年、四国に神学部の学生を派遣しています。このように、四国におけるランバス宣教師の宣教は、現代にも受け継がれています。

写真は、【KG四国88|No.61 三瓶教会】

牧師先生を務められているのは、神学部卒業生の小野 輝さんです!
(宇和島中町教会の梅崎先生とご夫婦でいらっしゃいます😊)

今回は直接お伺いすることはできませんでしたが、素敵なお写真をご提供いただきました📸✨

またの機会にお会いできることを楽しみにしております!

【関西学院と四国 -四国88プロジェクトを覚えて- 2/2】関西学院 院長 中道基夫(続…)1889年には、香川県最初の教会である多度津教会が創立されました。これは関西学院の創立とほぼ同時期の出来事です。関西学院が教育の拠点であったのに対し...
04/08/2026

【関西学院と四国 -四国88プロジェクトを覚えて- 2/2】

関西学院 院長 中道基夫

(続…)1889年には、香川県最初の教会である多度津教会が創立されました。これは関西学院の創立とほぼ同時期の出来事です。関西学院が教育の拠点であったのに対し、多度津教会は、同じ宣教構想のもとに築かれた地域伝道の拠点であったと言えます。今回の「関西学院四国88プロジェクト」のオープニング礼拝が多度津教会で開催されたことも、一つの象徴的な出来事であったと言えるでしょう。

また、関西学院憲法の起草や神学部教育にも関わったC・B・モズレー宣教師は、松山の公立中学校で教鞭を執るとともに、同地で宣教活動に取り組みました。この伝道活動を通じて、1891年2月1日に松山美以教会が設立されました。「美以」とはメソジストの当て字です。さらにそこから、川上、三津、砥部へもメソジスト教会による宣教活動が広がっていきました。

四国の教会からは関西学院で学ぶ者が起こされ、また関西学院神学部で養成された牧師たちが、四国の教会形成と宣教に携わっていきました。その働きは、設立時の英語教室や聖書講義にとどまらず、地域における保育事業や社会福祉事業にも及びました。こうして、幼児教育や社会福祉の分野においても、先駆的な役割を担ってきたのです。

このように見てくると、四国は、関西学院の創立精神が教育と伝道の両面において具体化された、重要な歴史の舞台の一つであると言えます。関西学院の歩みをたどるとき、神戸や西宮だけでなく、多度津、宇和島、八幡浜、松山といった四国の地にも目を向ける必要があります。四国と関西学院との関わりを振り返ることは、学院の原点をあらためて見つめ直すことでもあります。

現代においても、四国各地における宣教は、関西学院大学神学部を卒業した牧師たちによって担われています。また、四国88プロジェクトを通して、関西学院関係者がいくつもの教会を訪問したことは、この歴史的なつながりを今日において再確認する機会となりました。さらに神学部は、日本基督教団四国教区と神学生の研修プログラムに関する協定を結び、毎年、四国に神学部の学生を派遣し、四国におけるランバス宣教師の宣教は現代に受け継がれています。

写真は、【KG四国88|No.61 三瓶教会】
牧師先生を務められているのは、神学部卒業生の小野 輝さんです!
(宇和島中町教会の梅崎先生とご夫婦でいらっしゃいます)

こちらも今回は直接お伺いできませんでしたが、素敵なお写真をご提供いただきました。

またの機会にお会いできるのを楽しみにしております!

【関西学院と四国 -四国88プロジェクトを覚えて- 2/2】関西学院 院長 中道基夫(続…)1889年には、香川県最初の教会である多度津教会が創立されました。これは関西学院の創立とほぼ同時期の出来事です。関西学院が教育の拠点であったのに対し...
04/08/2026

【関西学院と四国 -四国88プロジェクトを覚えて- 2/2】

関西学院 院長 中道基夫

(続…)1889年には、香川県最初の教会である多度津教会が創立されました。これは関西学院の創立とほぼ同時期の出来事です。関西学院が教育の拠点であったのに対し、多度津教会は、同じ宣教構想のもとに築かれた地域伝道の拠点であったと言えます。今回の「関西学院四国88プロジェクト」のオープニング礼拝が多度津教会で開催されたことも、一つの象徴的な出来事であったと言えるでしょう。

また、関西学院憲法の起草や神学部教育にも関わったC・B・モズレー宣教師は、松山の公立中学校で教鞭を執るとともに、同地で宣教活動に取り組みました。この伝道活動を通じて、1891年2月1日に松山美以教会が設立されました。「美以」とはメソジストの当て字です。さらにそこから、川上、三津、砥部へもメソジスト教会による宣教活動が広がっていきました。

四国の教会からは関西学院で学ぶ者が起こされ、また関西学院神学部で養成された牧師たちが、四国の教会形成と宣教に携わっていきました。その働きは、設立時の英語教室や聖書講義にとどまらず、地域における保育事業や社会福祉事業にも及びました。こうして、幼児教育や社会福祉の分野においても、先駆的な役割を担ってきたのです。

このように見てくると、四国は、関西学院の創立精神が教育と伝道の両面において具体化された、重要な歴史の舞台の一つであると言えます。関西学院の歩みをたどるとき、神戸や西宮だけでなく、多度津、宇和島、八幡浜、松山といった四国の地にも目を向ける必要があります。四国と関西学院との関わりを振り返ることは、学院の原点をあらためて見つめ直すことでもあります。

現代においても、四国各地における宣教は、関西学院大学神学部を卒業した牧師たちによって担われています。また、四国88プロジェクトを通して、関西学院関係者がいくつもの教会を訪問したことは、この歴史的なつながりを今日において再確認する機会となりました。さらに神学部は、日本基督教団四国教区と神学生の研修プログラムに関する協定を結び、毎年、四国に神学部の学生を派遣し、四国におけるランバス宣教師の宣教は現代に受け継がれています。

写真は、【KG四国88|No.61 三瓶教会】
牧師先生を務められているのは、神学部卒業生の小野 輝さんです!
(宇和島中町教会の梅崎先生とご夫婦でいらっしゃいます😊)

こちらも今回は直接お伺いできませんでしたが、素敵なお写真をご提供いただきました📸✨

またの機会にお会いできるのを楽しみにしております!

【関西学院と四国 -四国88プロジェクトを覚えて- 2/2】関西学院 院長 中道基夫(続…)1889年には、香川県最初の教会である多度津教会が創立されました。これは関西学院の創立とほぼ同時期の出来事です。関西学院が教育の拠点であったのに対し...
04/08/2026

【関西学院と四国 -四国88プロジェクトを覚えて- 2/2】

関西学院 院長 中道基夫

(続…)1889年には、香川県最初の教会である多度津教会が創立されました。これは関西学院の創立とほぼ同時期の出来事です。関西学院が教育の拠点であったのに対し、多度津教会は、同じ宣教構想のもとに築かれた地域伝道の拠点であったと言えます。今回の「関西学院四国88プロジェクト」のオープニング礼拝が多度津教会で開催されたことも、一つの象徴的な出来事であったと言えるでしょう。

また、関西学院憲法の起草や神学部教育にも関わったC・B・モズレー宣教師は、松山の公立中学校で教鞭を執るとともに、同地で宣教活動に取り組みました。この伝道活動を通じて、1891年2月1日に松山美以教会が設立されました。「美以」とはメソジストの当て字です。さらにそこから、川上、三津、砥部へもメソジスト教会による宣教活動が広がっていきました。

四国の教会からは関西学院で学ぶ者が起こされ、また関西学院神学部で養成された牧師たちが、四国の教会形成と宣教に携わっていきました。その働きは、設立時の英語教室や聖書講義にとどまらず、地域における保育事業や社会福祉事業にも及びました。こうして、幼児教育や社会福祉の分野においても、先駆的な役割を担ってきたのです。

このように見てくると、四国は、関西学院の創立精神が教育と伝道の両面において具体化された、重要な歴史の舞台の一つであると言えます。関西学院の歩みをたどるとき、神戸や西宮だけでなく、多度津、宇和島、八幡浜、松山といった四国の地にも目を向ける必要があります。四国と関西学院との関わりを振り返ることは、学院の原点をあらためて見つめ直すことでもあります。

現代においても、四国各地における宣教は、関西学院大学神学部を卒業した牧師たちによって担われています。また、四国88プロジェクトを通して、関西学院関係者がいくつもの教会を訪問したことは、この歴史的なつながりを今日において再確認する機会となりました。さらに神学部は、日本基督教団四国教区と神学生の研修プログラムに関する協定を結び、毎年、四国に神学部の学生を派遣し、四国におけるランバス宣教師の宣教は現代に受け継がれています。

写真は、【KG四国88|№61三瓶教会】
牧師先生を務められているのは、神学部卒業生の小野 輝さんです!
(宇和島中町教会の梅崎先生とご夫婦でいらっしゃいます😊)

こちらも今回は直接お伺いできませんでしたが、素敵なお写真をご提供いただきました📸✨

またの機会にお会いできるのを楽しみにしております!

住所

上ケ原一番町1/155
Nishinomiya-shi, Hyogo
662-8501

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