中野区立歴史民俗資料館

中野区立歴史民俗資料館 東京・中野区の考古、歴史、民俗に関する資料を所蔵、展示している区立資料館です。中野の歴史を一望できる常設展の他、様々な企画展・イベントを行っています。入館無料。9時~17時(16時半最終入館)。月曜と第3日曜、年末年始休館。西武新宿線「沼袋」より徒歩10分。個別のご質問等への返信は行いませんのでご了承ください。

〈館蔵品展「#絵図でみる江戸―人々は絵図になにを求めたか」開催中〉本展では、江戸を取り巻く関東周辺の地域図を「地方図」として紹介しています。1枚目の写真は、その一つ「富士見十三州輿地全図」天保14年(1843)。関東・東海・甲信越の13国(...
07/06/2026

〈館蔵品展「#絵図でみる江戸―人々は絵図になにを求めたか」開催中〉

本展では、江戸を取り巻く関東周辺の地域図を「地方図」として紹介しています。
1枚目の写真は、その一つ「富士見十三州輿地全図」天保14年(1843)。
関東・東海・甲信越の13国(武蔵、安房、上総、下総、常陸、上野、下野、相模、駿河、甲斐、伊豆、信濃、遠江)の図版をつなぎ合わせた、大型の木版図です。
右側の赤い部分が江戸、左のオレンジ色が真上からとらえた富士山です。
要は、富士山が見えた地域をテーマとした地図です。江戸後期に富士登山が流行したのを機にこのテーマが設定されたのでしょう。現代にも通ずるテーマですね。
細部へのこだわりが見事な、レベルの高い木版画で、版木の彫りを担当した木村嘉平は当代の名工で、その精密な彫りの技術が高く評価されていました。

もう1枚「地方図」をご紹介します。
「関八州輿地路程全図」天保8年(1837)。
相模・武蔵・上総・下総・安房・上野・下野・常陸の8国(関八州/かんはっしゅう)を1枚に収め、主な街道、村々、旧跡や温泉を収録しています。
「長さ7分を1里とする」とありますから、縮尺は19万分の1。現代の「20万分の1地勢図」に相当します。
ちなみに、本図の編集にあたった水戸藩士・酒井喜熙は、日本画家・横山大観の祖父にあたる人物です。

最後に、本展に出品されている絵図のタイトルによく出てくる「輿地(よち)」について疑問に思われている方も多いかと思いますので、少し解説します。
「輿」とは乗り物の「こし」のこと。「輿地」は「こしに乗る地」で「大地」という意味です。

〈館蔵品展「絵図でみる江戸―人々は絵図になにを求めたか」開催中〉【江戸図② 切絵図】写真は、江戸図の中でも「切絵図」と呼ばれるもの。大きな一枚図はある程度の広さがないと広げられません。価格も高く庶民にはなかなか手が出せない代物でした。また、...
31/05/2026

〈館蔵品展「絵図でみる江戸―人々は絵図になにを求めたか」開催中〉

【江戸図② 切絵図】
写真は、江戸図の中でも「切絵図」と呼ばれるもの。
大きな一枚図はある程度の広さがないと広げられません。価格も高く庶民にはなかなか手が出せない代物でした。
また、江戸では建物がすぐに建て替えられ武家屋敷の配置も頻繁に変わり、絵図の更新が追いつかない状態でした。
庶民が生活する上では一定の範囲の屋敷・寺社・役所・商家・道路・橋の情報があれば良く、そのニーズに応えたのが「江戸切絵図」です。
要は一枚に収める範囲を少なくして持ち歩ける工夫をした絵図です。

いくつか種類がある中で、本展では幕末近くに出版された「近江屋版」と「尾張屋版」を紹介しています。

「近江屋版」(写真1)は、嘉永元年(1848)、麹町十丁目の荒物屋・近江屋吾平が「芝愛宕丁西ノ久保辺絵図」を売り出したのが始まりです。町割りを丁寧に描き、淡い黄・青・緑の3色で色摺りした落ち着きある絵図で、全31枚で江戸をカバーしました。(のちに38枚)

「尾張屋版」(写真2)は、少し遅れて嘉永2年(1849)3月、麹町六丁目の地本問屋・尾張屋清七が「大名小路神田橋内内桜田ノ図」を売り出したのが始まりです。近江屋版との差別を図るため、寺社地は赤、道は黄と土地利用の色分けをし、明確で視覚的な分かり易さに重点がおかれました。近江屋版に比べて情報量は少ないものの、デザイン的に優れていたため売れ行きは良かったようで、のちに近江屋版の版木を買い取る等、江戸切絵図の市場をほぼ独占しました。

〈館蔵品展「#絵図でみる江戸―人々は絵図になにを求めたか」開催中〉本日・明日と2回に分けて江戸図についてご紹介します。【江戸図①】写真は「江戸大絵図」宝永2年(1705)。当館所蔵の絵図でも古い時代の資料です。本図は遠近道印が作った「寛文五...
30/05/2026

〈館蔵品展「#絵図でみる江戸―人々は絵図になにを求めたか」開催中〉

本日・明日と2回に分けて江戸図についてご紹介します。

【江戸図①】
写真は「江戸大絵図」宝永2年(1705)。当館所蔵の絵図でも古い時代の資料です。
本図は遠近道印が作った「寛文五枚図」と呼ばれる5枚の江戸図を、1枚に編集したものです。
「寛文五枚図」は測量に基づいて作られたので、かなり正確に、江戸の街の姿をとらえています。
江戸は早い段階で測量していた地域で、そうした意味では「絵図」というよりは「地図」に近いものが作られていきます。

この図で特筆すべきは、右上に中野にあった御囲(おかこい)・犬小屋が描かれていることです。御囲の図には犬が2匹描きこまれているのがわかります。
宝永と言えば、「生類憐みの令」で有名な5代将軍綱吉の時代。元禄8年(1695)に設けられた「御囲」の実態を伝える貴重な資料です。
また、左下の余白(海上)になにやら図が描かれています。これは当時未開発だった本所・深川です。
ほとんど人が住まない寂しい土地だった本所・深川も時代がくだると開発が進み、江戸図下方の本来の場所に貼り紙で貼り付けられるようになります。
そして、4枚目の写真、幕末の「分間*(ぶんけん)江戸大絵図」嘉永3年(1850)では右下の本来の位置に描きこまれています。
分間*は測量、縮尺の意味。分見ともいう。

〈館蔵品展「#絵図でみる江戸ー人々は絵図になにを求めたか」開催中〉担当学芸による本展の解説動画を作成しました。絵図と地図の違いに始まり、その歴史や見どころなどを紹介しています。是非ご覧ください。
21/05/2026

〈館蔵品展「#絵図でみる江戸ー人々は絵図になにを求めたか」開催中〉
担当学芸による本展の解説動画を作成しました。
絵図と地図の違いに始まり、その歴史や見どころなどを紹介しています。
是非ご覧ください。

本展担当学芸員が、絵図と地図の違い、その歴史についてギャラリートーク風に解説した動画です。絵図や地図を通し各時代の日本の姿が見えてきます。

〈館蔵品展「#絵図でみる江戸―人々は絵図になにを求めたか」開催中〉本展では、全国図、地方図、江戸図、東京図の4つのカテゴリーに分けて、絵図を紹介しています。日本全体の地図といえば、伊能忠敬の偉業を思い浮かべる人が多いと思います。いわゆる「伊...
13/05/2026

〈館蔵品展「#絵図でみる江戸―人々は絵図になにを求めたか」開催中〉
本展では、全国図、地方図、江戸図、東京図の4つのカテゴリーに分けて、絵図を紹介しています。

日本全体の地図といえば、伊能忠敬の偉業を思い浮かべる人が多いと思います。いわゆる「伊能図」も全国図といえます。
伊能忠敬は寛政12年(1800)から文化13年(1816)までの17年間全国を徒歩で回り、測量データを集めます。その死後弟子たちが「大日本沿海輿地全図」を完成させて、日本の国土の正しい姿を世に示しました。
幕府が諸大名から徴収した「国絵図」も全国図です。
江戸幕府は、慶長・正保・元禄・天保の4回にわたり、諸大名から「国絵図」を徴収。それぞれ、慶長図・正保図・元禄図・天保図などと呼ばれます。
慶長図は西日本限定のもの、正保図で初めて作成基準が示され、縮尺も21600分の1に統一されました。元禄図では、国境・郡境を明確にするよう指示があり、諸大名は境目について話し合いを重ねました。天保図では幕府が自ら最後の仕上げを行いました。
その他にも多くの日本図・全国図が作られ、互いに関わりあって日本という国のイメージを人々に意識させる役目を果たしました。

写真は、天保14年(1843)刊「大日本国之全図」、丁子屋源次郎版。
江戸時代後期には、旅行ブームが起こったため、民間でもさまざまな絵図が作られました。これは、そのうちの一つ。大型ですが、たたんで持ち歩くこともできます。
絵図内の表は各所への「駄賃(だちん)付け」、今でいう輸送費用を表したもの。当時の流通事情がうかがえる貴重な資料です。

12/05/2026

〈館蔵品展「#絵図でみる江戸ー人々は絵図になにを求めたか」開催中〉
本日より「江戸切絵図」の展示替えをしました。
すでにご覧になられた方も是非改めてご来館ください。
なお、6月2日(火)に「江戸切絵図」の2回目の展示替えを予定しています。

新茶の季節です。明治時代、製茶が中野区の地場産業の一つだったことをご存じでしょうか?お茶は、栽培に手間がかからず、製茶に要する日数は30日程度、輸出品としても高価であったため、明治時代はじめに奨励されていました。お茶の栽培は東京北部から埼玉...
05/05/2026

新茶の季節です。

明治時代、製茶が中野区の地場産業の一つだったことをご存じでしょうか?
お茶は、栽培に手間がかからず、製茶に要する日数は30日程度、輸出品としても高価であったため、明治時代はじめに奨励されていました。
お茶の栽培は東京北部から埼玉県南西部にまで広がり、中野でも盛んにおこなわれました。
特に江古田地域では、明治7年(1874)頃から茶畑をつくり、明治10年には宇治の茶師を招いて製造法を学び、村内の有力農民のほとんどが製茶業を兼業するほどになりました。
しかし、大正から昭和にかけて宅地化・都市化が進むとともに、製茶業は姿を消していきます。
現在でも製茶業が残っているのは埼玉県で、狭山茶として有名ですね。

当館常設展示室の古民家展示では、製茶にまつわる資料をみることができます。
1枚目の写真、右手に写っているのは「焙炉(ほいろ)」(複製)。蒸した茶葉を揉みながら乾燥させるのに使いました。表面には和紙が貼られています。
当時の茶摘みや製茶の様子も写真で紹介しています。
左は江古田村の須藤家が経営していた製茶園「気生園」のはんてん。
2枚目の写真、古民家の窓の外に広がるのは茶畑。当館周辺一帯が茶畑だったころがあったのですね。

現在当館では、常設展示の他、館蔵品展「絵図でみる江戸―人々は絵図になにを求めたか」、コーナー展「旧豊多摩監獄表門関連展示2026」、「山﨑家庭園・茶室の公開」、ミニ企画「端午の節句―鯉のぼりまつり」を開催中です。ゴールデンウィークは見どころ...
03/05/2026

現在当館では、常設展示の他、館蔵品展「絵図でみる江戸―人々は絵図になにを求めたか」、コーナー展「旧豊多摩監獄表門関連展示2026」、「山﨑家庭園・茶室の公開」、ミニ企画「端午の節句―鯉のぼりまつり」を開催中です。
ゴールデンウィークは見どころ満載のれきみんにおいでください!

〈コーナー展「旧豊多摩監獄表門関連展示2026」本日開幕〉旧豊多摩監獄は、大正11年に豊多摩刑務所と名称を変え、監獄から刑を務める場となりました。本展では、治安維持法の制定や予防拘禁制の導入により収監された人々の中から、中野にゆかりのある人...
02/05/2026

〈コーナー展「旧豊多摩監獄表門関連展示2026」本日開幕〉
旧豊多摩監獄は、大正11年に豊多摩刑務所と名称を変え、監獄から刑を務める場となりました。
本展では、治安維持法の制定や予防拘禁制の導入により収監された人々の中から、中野にゆかりのある人物を中心に紹介します。

住所

東京都中野区江古田4-3/4
Nakano-ku, Tokyo
1650022

営業時間

月曜日 09:00 - 17:00
火曜日 09:00 - 17:00
水曜日 09:00 - 17:00
木曜日 09:00 - 17:00
金曜日 09:00 - 17:00
土曜日 09:00 - 17:00
日曜日 09:00 - 17:00

電話番号

+81333199221

アラート

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