17/06/2026
京都文化博物館フィルムシアター、銀幕推し活/アイドル映画特集。17日と20日は『柳生二葢笠』(1938)。柳生紋として知られる二蓋の陣笠の由来を語った講談をもとに八尋不二が脚本化した新興キネマお得意の講談時代劇。“娯楽の殿堂”と言われた新興キネマがトップスター・市川右太衛門とアイドル俳優・市川男女之助を据えておくる正月映画。 http://www.bunpaku.or.jp/exhi_film.html
『柳生二葢笠』
1938(昭和13)新興キネマ京都作品/58分・モノクロ
脚本:八尋不二 監督:仁科熊彦 撮影:牧田成正
出演:市川右太衛門(柳生又十郎)、市川男女之助(三代将軍・家光)、松本泰輔(大久保彦左衛門)、荒木忍(柳生但馬守)、嵐徳三郎(松平伊豆守)、光岡龍三郎(一心太助)、川崎猛夫(居酒屋亭主・平吉)、梅村蓉子(女房・お茂)、國友和歌子(娘・お千恵)、千代田勝太郎(将軍近習・加賀爪甚十郎)、舟波邦之介(同・松平紋十郎)、春路謙作(大久保用人・喜内)、市川海老三郎(旗本・藤谷大三郎)、秋葉陽之助(同・山崎保次郎)、小酒井健(同・末永藤兵衛)、嵐寛三郎(同・大辻源左衛門)、若杉柳思(同・宮中軍十郎)、春日井一平(御典医)、大西卓雄(居酒屋小僧・長松)
三代将軍家光は武道専心の余り、毎夜巷での辻斬りを道楽としていた。この乱行に心を痛めた伊豆守と大久保彦左衛門は、将軍御指南番の柳生但馬守を責めた。この但馬守には跡取り息子がいたが余りの豪放無頼さに勘当され、今は行方しれずになっていた。その息子又十郎は、日光山中で人知れず剣の道に励んでいた。臣下の諫言むなしく家光の辻斬りが続いていたある日、彦左衛門邸に剣の修行を終えた又十郎が現れ、父・但馬守との対面を懇願した。それを受けた彦左衛門は、又十郎を起用して家光の道楽を諌める計画を練るが・・・。
仁科熊彦は1924(大正13)年、東亜キネマから『ある城主と兄弟』で監督デビュー。以来、嵐寛プロ、極東映画、新興キネマとチャンバラ映画の職人監督として娯楽時代劇を作り続けた。また彼は当時無名の助監督であった山中貞雄の書いた脚本をいち早くとりあげ、“むっつり右門”、“なりひら小僧”など次々に映画化し好評を博す。本作も仁科による多くの娯楽時代劇の一つで、“娯楽の殿堂”と言われた新興キネマが正月第一週封切り作品として企画したもの。柳生紋として知られる二蓋の陣笠の由来を語った講談をもとに八尋不二が脚本化した新興キネマお得意の講談時代劇。当時新興のトップ俳優だった市川右太衛門が柳生又十郎をのびのびと演じる。