02/08/2026
故・中川賢俊氏の写真展のチラシ配布に南信濃村、上村(いずれも現飯田市)の谷を訪れた。長野県内で気温が最も高い観測値で知られているところ。7月下旬に40度越えだったこともあり、身構えて行ったが、その日はそれほどの暑さはなく、ホッとする。
中川賢俊が足繁く通って撮影した木沢小学校は廃校になっているがどうしても寄りたくなった。この小学校で学び今は管理をしているという年配の方に会い、廃校直前のこの学校に通ったという方も訪れて、つい話し込んでしまった。午後の蒸し暑さは雨を呼び、学校を出る頃には雨が落ちてきてやがて本降りに。チラシは多くに場所に配れなかったが、中川が惹かれた思いに近づけた気がした。
今展は、東京・国立生まれの中川が、柳田國男や南信濃村出身の思想史家・後藤総一郎の思考に触れ、昭和50年代にこの谷に8年通って撮影した白黒写真で構成。霜月祭りで知られる「神棲む谷」ながら、この地に生きる人々のハレとケ、後藤が再評価した「常民」の姿と表情を捉えた中川の作品を紹介します。
ところで、南アルプスの西側に沿った中央構造線断層帯が形成したこの渓谷は、「塩の道」として開け、秋葉信仰の街道でもあった。戦国以前から、密かに兵が移動する軍用路として利用されてきた。ここから遥か九州で先ごろ大地震が起きた場所はこの断層帯の西の端。活断層は地震を繰り返し、数十万年をかけて山脈と谷が形成されるのだろうか。